冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
英語は嗜んでいるけれど、ペラペラと操れるわけじゃない。
混乱の中、上手く聞き取れる単語をかいつまみながら『返してください』とひたすら訴えるものの、向こうは相手にしていない様子だ。
ダウンジャケットのポケットから、正体不明の粉が入った袋を取り出された。
こちらが動揺しているのに付け入って、肩を組まれ、一気に語気が荒くなる。
怖い! 誰か助けて……!
助けを呼ぶ声も出せずに震えた次の瞬間、背後に一台の黒いバイクが停まった。
悪そうな仲間が増えたのかと思いきや、フルフェイスのヘルメットを脱いで現れたのは、俳優と言われても疑わないほど整っているアジア系の顔だ。
ダークブラウンに染められた短髪で、どこか憂いのある切れ長の目に、スッと通った鼻筋、形の良い艶やかな唇は一月の風にあたって紅く色づいていた。
中性的な魅力もあり、体つきは男らしくありながらもすらっとしている。
ボア付きの黒のロングコートはとても高級そうで、はめていた質の良い革のグローブは有名なブランド品だった。
乗っていた大型バイクも、優雅で見惚れるほどカッコいい彼にぴったりな相棒だ。
エンジンを止めて降りた彼は、鋭い眼光で男ふたりを睨みつけている。
『俺の連れだ。小遣い稼ぎなら他所でやれ』