冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした


 そのとき、私を放して運転席に背中を預けた彼が、後頭部で手を組みながら視線だけをこちらに向けた。


「『幸せにしてもらおうなんて少しも思っていない』……だっけ?」


 まずい。一体どこから聞いていたんだろう。

 嫌な気分にさせたかもしれないと冷や汗をかいたそのとき、窓から差し込んだ月明かりが、見惚れるほど美しい横顔を照らす。


「幸せをどう定義するかは藍次第だけど、俺は仮でも妻に迎えた女性には何不自由ない暮らしを提供して、全ての要望に応える自信がある。今言えるのは、他人に侮辱されてつい本音で怒るくらいには、藍が大事だ」


 愛のない政略結婚で家族になった仮面夫婦を繋ぐものはなんだろう。

 ビジネス面での利益を差し引いたら、雀の涙ほどの情はあるのかな。

 名字が同じになっただけで、いつまでも他人のままだと決めつけていたけれど、だんだんと椿さんを信頼し始めている。

 傷を負って、固く閉ざされていたお互いの心に、少しずつ血が通ってきた。


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