冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした


 隣に座ったとき、すっかり飲み物を用意するのを忘れていたと気付く。

 すると、そんな心中を察したのか、椿さんが五百ミリリットルのボトルとカップを差し出した。


「緑茶とコーヒー、どっちがいい?」

「あ、ありがとう。じゃあ、緑茶で」


 スマートに差し出されて、ドキッとした。

 ベンチにはふたり分の薄いハンカチがひかれているし、ホテルマンとして、スーツを汚さずに身だしなみを整えるためかもしれないが、こういうさりげない気遣いができるのが椿さんの魅力だ。

 ワインボトル型の深蒸し茶は、ランコントルホテルが取り寄せている静岡の銘茶である。

 彼が口にするコーヒーも、ブラジルとエチオピア原産の豆をブレンドしたオリジナルのホテルブランドで、普段は口にしない高級品だった。

 シルクのハンカチの上に座って、七月にしては過ごしやすい気候の風を感じながらサンドイッチを頬張る。こんな優雅な昼食は初めてかも。


「従業員用のラウンジで食べるのもいいけど、周りに人がいると落ち着かないだろ? 休憩時間に、藍まで遠巻きに眺められても困る」

「夫婦といえど、私はオマケよ。椿さんは総支配人の従兄弟で、デキる上司として注目の的だし、カフェにもファンがいるんだから」

「休まらない休憩は御免だな」


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