私をみつけて離さないで
☆
ひと月に渡る祇園祭は八坂神社のお祭りだ。メインイベントは前祭と後祭の山鉾巡行だけれど、それ以外の祭事も多い。お迎え灯篭も見たし、山鉾の曳き初めも見た。
16日、宵山で、真さんと山鉾を見て回る。こんな大きなものが人の力で動くのだと思うと感動してしまう。提灯と祇園囃子にお祭り気分は盛り上がり、心は踊る。
「これは、真はん」
歩いていてそんな風に声をかけられるのは一度や二度じゃない、ただでさえ背が高くて目立つうえに、目を引く容姿だ、知り合いは声をかけたくなるだろうし、その知り合いが少なくないことがよく判る。私のことは時折「どなたはんで?」とか聞かれてしまう、でも真さんは友達です、と答える、手もしっかり握っているのにね。私は隣でにこにこするばかりだ。
夜になっても気温は下がる気配がない、人込みにはぐれまいと固く握りあっている手に汗を感じて少し恥ずかしい、それが判ったのか真さんは肩を抱いてくれた。
「ご飯は屋台で済ませようか、それともちゃんと座ったほうが落ち着くかな」
言われてみれば、少しお腹が空いたかも。
「少し疲れたかな、ちゃんとお店入りたいです」
「オッケー」
笑顔で言って道を反れた、入ったのは裏通りにある小さなバーだった。これはさすがに岩崎財閥の経営ではないと判る。カウンターがあるだけの店だ、10脚程並んだ椅子と壁の間は人がやっと通れるほどしかない。
「おう、いらっしゃい、ぼっちゃん」
カウンターの中の20代と思しき男性が笑顔で言う。
「ぼっちゃんはやめて」
真さんは不貞腐れて言いながら椅子を私に勧めてくれる。
「大学の先輩だった人」
そうなんだあ。
「だったって、ひっかかる言い方をするなあ」
言いながらおしぼりとお水を出してくれる。
「中退したからね」
「中退したって先輩は先輩だろう」
あれ? 京都訛りじゃない?
「金子さんは出身は横浜なんだ、サークルで知り合って、少し仲良くなって」
「すごーく仲良くなったんだけど、こいつの天から与えられたものに嫌気がさして、大学辞めちゃったの」
真さんの言葉を、笑顔で訂正した。
「僕のせいにしないでよ」
「半分はそうだろ」
いうけれど、金子さんは笑顔だ。
「容姿ヨシ、成績ヨシ、家柄ヨシ、テニスの腕前はプロ級って、こんな男を放っておく女がいるかね。それまで俺の天下だったのに、あっという間に人気を攫われて」
わあ、テニスはプロ級なんだ、そういえばテニスやってるとこ見たことないや! テニスサークルに入ってるのになぁ、そりゃ平田さんも怒るわー。
「父がテニスがうまかったんだよ、母や祖母にはテニス馬鹿呼ばわりされるくらい好きでね。僕も物心つく前からテニスコートに連れ出されてて」
そうなんですね、でもプロは目指さなかったんだ。
「父はなってもいいと思ってたみたいだけど、なってないね。僕は完全に趣味だよ」
「趣味程度でとんでもないスマッシュ打ち込まれて、女どものわーきゃー聞いて、俺はプライドから何から砕かれたってわけ」
「あれだって、金子さんが本気出せって」
「出し過ぎだ、力加減バカ男が」
あはは、真さんも十分テニス馬鹿なんだな。
「それでも京都はいいとこだなって思って離れられなくて、こじまりと店を持ってね──んで? いつもは愚痴こぼしに来るお前が珍しいじゃん、女連れなんて」
頼んでもいないのにナッツが盛られた小皿を出しながら金子さんは言う。
「……愚痴?」
私は思わず呟いた、真さんにも愚痴があったのか。
真さんはあははと疲れたように笑ってごまかす。
「こいつさ、モテんじゃん」
金子さんはニヤニヤ笑って教えてくれた。
「それが本当の愛だの恋だのなのかって話よ。うるせえって怒鳴れりゃ楽なんだろうが、家や学校じゃハメを外せないんだろうな、優等生は辛いね」
「仕事でも、小僧が何を、って思われることもあるし──いい子でいるつもりはないけど、やっぱ体面は気にするかな。余計な心配はかけたくないし」
にこっと微笑む真さんは本当にそう思っているんだろう。
「金子さんに相談すると、んなもん気にすんなって笑い飛ばしてくれるから楽になれる」
そっか、心を許した存在なのかな。
「父の友人に似てるんだ、飄々としていて何考えてるか判らないくせに、変に頼りになる」
あ、この間もお父さんの友人、っていってた。真さんとも仲がいいんだ。
「それは褒めてんの? けなしてんの?」
「褒めてるよ」
「頼りになるってとこだけ覚えておいてやろう。でもそんな事初めて聞いた、お父さんの友達ねえ」
ひと月に渡る祇園祭は八坂神社のお祭りだ。メインイベントは前祭と後祭の山鉾巡行だけれど、それ以外の祭事も多い。お迎え灯篭も見たし、山鉾の曳き初めも見た。
16日、宵山で、真さんと山鉾を見て回る。こんな大きなものが人の力で動くのだと思うと感動してしまう。提灯と祇園囃子にお祭り気分は盛り上がり、心は踊る。
「これは、真はん」
歩いていてそんな風に声をかけられるのは一度や二度じゃない、ただでさえ背が高くて目立つうえに、目を引く容姿だ、知り合いは声をかけたくなるだろうし、その知り合いが少なくないことがよく判る。私のことは時折「どなたはんで?」とか聞かれてしまう、でも真さんは友達です、と答える、手もしっかり握っているのにね。私は隣でにこにこするばかりだ。
夜になっても気温は下がる気配がない、人込みにはぐれまいと固く握りあっている手に汗を感じて少し恥ずかしい、それが判ったのか真さんは肩を抱いてくれた。
「ご飯は屋台で済ませようか、それともちゃんと座ったほうが落ち着くかな」
言われてみれば、少しお腹が空いたかも。
「少し疲れたかな、ちゃんとお店入りたいです」
「オッケー」
笑顔で言って道を反れた、入ったのは裏通りにある小さなバーだった。これはさすがに岩崎財閥の経営ではないと判る。カウンターがあるだけの店だ、10脚程並んだ椅子と壁の間は人がやっと通れるほどしかない。
「おう、いらっしゃい、ぼっちゃん」
カウンターの中の20代と思しき男性が笑顔で言う。
「ぼっちゃんはやめて」
真さんは不貞腐れて言いながら椅子を私に勧めてくれる。
「大学の先輩だった人」
そうなんだあ。
「だったって、ひっかかる言い方をするなあ」
言いながらおしぼりとお水を出してくれる。
「中退したからね」
「中退したって先輩は先輩だろう」
あれ? 京都訛りじゃない?
「金子さんは出身は横浜なんだ、サークルで知り合って、少し仲良くなって」
「すごーく仲良くなったんだけど、こいつの天から与えられたものに嫌気がさして、大学辞めちゃったの」
真さんの言葉を、笑顔で訂正した。
「僕のせいにしないでよ」
「半分はそうだろ」
いうけれど、金子さんは笑顔だ。
「容姿ヨシ、成績ヨシ、家柄ヨシ、テニスの腕前はプロ級って、こんな男を放っておく女がいるかね。それまで俺の天下だったのに、あっという間に人気を攫われて」
わあ、テニスはプロ級なんだ、そういえばテニスやってるとこ見たことないや! テニスサークルに入ってるのになぁ、そりゃ平田さんも怒るわー。
「父がテニスがうまかったんだよ、母や祖母にはテニス馬鹿呼ばわりされるくらい好きでね。僕も物心つく前からテニスコートに連れ出されてて」
そうなんですね、でもプロは目指さなかったんだ。
「父はなってもいいと思ってたみたいだけど、なってないね。僕は完全に趣味だよ」
「趣味程度でとんでもないスマッシュ打ち込まれて、女どものわーきゃー聞いて、俺はプライドから何から砕かれたってわけ」
「あれだって、金子さんが本気出せって」
「出し過ぎだ、力加減バカ男が」
あはは、真さんも十分テニス馬鹿なんだな。
「それでも京都はいいとこだなって思って離れられなくて、こじまりと店を持ってね──んで? いつもは愚痴こぼしに来るお前が珍しいじゃん、女連れなんて」
頼んでもいないのにナッツが盛られた小皿を出しながら金子さんは言う。
「……愚痴?」
私は思わず呟いた、真さんにも愚痴があったのか。
真さんはあははと疲れたように笑ってごまかす。
「こいつさ、モテんじゃん」
金子さんはニヤニヤ笑って教えてくれた。
「それが本当の愛だの恋だのなのかって話よ。うるせえって怒鳴れりゃ楽なんだろうが、家や学校じゃハメを外せないんだろうな、優等生は辛いね」
「仕事でも、小僧が何を、って思われることもあるし──いい子でいるつもりはないけど、やっぱ体面は気にするかな。余計な心配はかけたくないし」
にこっと微笑む真さんは本当にそう思っているんだろう。
「金子さんに相談すると、んなもん気にすんなって笑い飛ばしてくれるから楽になれる」
そっか、心を許した存在なのかな。
「父の友人に似てるんだ、飄々としていて何考えてるか判らないくせに、変に頼りになる」
あ、この間もお父さんの友人、っていってた。真さんとも仲がいいんだ。
「それは褒めてんの? けなしてんの?」
「褒めてるよ」
「頼りになるってとこだけ覚えておいてやろう。でもそんな事初めて聞いた、お父さんの友達ねえ」