私をみつけて離さないで
「え、あ、うん……だって……」

だって。男探しにでも行ったのか、とか言われそうで嫌だった。真さんもまだ保護者たるおじいさま達にはきちんと会わせてくれてはいないし。『恋人』とはそんなものなのかと思っていた。

立ちすくむようにいると、その髪を真さんがそっと撫でてくれる。

「……来るつもりがあったなら、先に言っておいてくれても……」

真さんがこちらで仕事があるというのが本当かどうかも判らない、でも一緒に帰ろうと決めた時にはここへ来るつもりがあったんだろう。
文句言うと、真さんは優しく微笑む。

「ごめん、下手に構えられても、こっちもビビるから」

そんなことをいって髪に軽くキスをしてくれる。ビビる真さんなんか想像つかないな、何事にも動じなそう。

母はワタワタしていた、うちはリビングダイニングだ、テーブルに残る食器を片付けている。
真さんがそこへ入る、やはり背が高い、頭を下げてくぐるようにして入った。
まだテーブルにいた父は、慌てる母になんなんだと言っていたけれど、美丈夫を見るなり眉を釣り上げる、見かけぬ男にその意味はすぐに判ったんだろう。

「なんだ、君は!」

そんな父を母が慌てて止める、完全に眉尻を下げてまるで自分の恋人が来たかのよう……え、違う、男っ気がなかった娘がちゃんと恋人を連れてきたことを喜んでいるんだと思いたい。

「香織さんと交際させていただいています、一度ご挨拶をと思い推参させていただきました」

深々と頭を下げた、堂々とした真さんの挨拶に、父は「お、おう」とか完全に呑まれてしまう。

「まあまあ硬いことは抜きにして、ほらお座りになって!」

とか言って真さんの腕を押す、触らないでよ、とか思ってしまった。
リビングのソファーに座った真さんの隣に私も腰かける。

「お茶淹れるわね、ほらお父さんも!」

男性がスーツ姿で挨拶に来る意味など考えなくても判って、父は渋ってテーブルから立とうとしなかったけれど、母に首根っこを掴まれて無理矢理押し出されていた。





真さんの自己紹介は大学生だった。でも名刺は渡し、おじいさまの仕事の手伝いをしていて、卒業後の進路もそこに決まっているとは知らせた。
家のことや、事業の内容には一切触れていない、言いたくないのだと判ったから私からも言わないことにした。

また改めてご挨拶に伺います、そういって電車の時間もあるからと家を出た。
手ぶらと言っていい真さんが私の荷物を持ってくれる。お母さんのご実家に着替えやなんかは置いてあるから、余程長期滞在にならない限りは財布とスマホ程度で関東まで来るらしい。実際には書類やタブレットが入ったビジネスバッグを持っているけれどね。

新幹線の椅子に座って、ようやく文句が出た。

「ずるいよ……不意打ちなんて」

真さんは笑うばかりだ。

「ごめん、挨拶には来ようと思ってたけど、実際時間は読めなくて」

ああ、本当に仕事はあったんだ。

「そのつもりはないけど時間を気にしてたみたい、相原さんにどうしたって聞かれて……ああ、さっきの車の人ね。彼女の家に挨拶行きたいって言ったら、もっと早く言えって怒られて、ついでに送ってくれたんだ」

そっか。

「お仕事は終わったの?」

私は真さんの腕にもたれかかって聞いた。
不意打ちにちょっと怒っていたのもあって、ここまで来る横浜線の車内では少し距離をとっていた、まあ手は繋いでいたけれど。
本当に仕事だったと判り、新幹線ならばあまり人の視線が気にならないのもあって、思う存分甘えてしまう。

「ううん、終わってない。でもそんなに浮ついてるなら帰れって追い返された。結果はあとで知らせるって」
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