私をみつけて離さないで
8.時代祭の罠
10月、京都の三大祭のフィナーレ、時代祭だ!
「おじいちゃんが指定席を用意してくれた、そこへ行こう」
京都御所に設けられた会場だった、今年は平日に当たってしまった、私たちは講義をサボって行くことしにした、いいよね、引っ越してきた初めての年くらい贅沢しても!
当日はよく晴れ渡った。真さんと並んで座ってパンフレット片手に話をしていると、真さんは不意に目を見開いて素早く振り返る。
「……おばあちゃん……!」
呻くような声に私ははっとして視線を追う。
和服姿の女性が笑顔でこちらに歩みを進めながら手を振っている、その後ろには同じく和服の男性が──そちらは見覚えがあった、真さんのおじいさまだ!
私は慌てて立ち上がる。
「やっと会えたわー」
女性が笑顔でいった、嫌味ではない、会えた喜びを感じる。
おばあさま、というには若いような、うちの両親と大差ないように感じた。
おじいさまは若々しく見えるのは確かだけど白髪もあって『おじいちゃん』と思える。失礼にも後妻さんかと思ってしまったけれど、違うとのちに聞いた。歳の差20歳のご夫婦なのらしい。
私もです、私もやっとお会いすることができました!
「あの! 月岡香織と申します! お会いできてうれしいです! よろしくお願いします!」
大きな声で言って頭も90度下げた、真さんはいいから、とか言うけど、いやいや、やっと会えたし!
「月岡さんかー、素敵なお名前ね」
そういって微笑んだ、あ、笑うと真さんによく似ている。
「シン兄!」
そういって金髪の女の子が、おじいさまと繋いでいた手を振り払うように離して真さんに抱きついた、まだ小学校低学年くらいだ。
「妹の瑠璃子」
真さんが金髪を撫でながら教えてくれた。ずいぶん年の離れた妹さんなんだ、でも弟さんがふたりいればそうなるか……。
この妹さんが、お父様を看取ったんだ……! まだ幼いことも合わせて心臓がぎゅっとなったけれど、それよりも綺麗な金髪が気になった。まだ子供だ、染めたわけではないだろう。そういえば以前真さんは兄弟は髪や瞳の色が多国籍だといっていた、確かに瑠璃子ちゃんは名前の通り、深い青色の瞳をしている。
どういう遺伝子のいたずらだろう? おじいさまとおばあさまにもその傾向が? でもおふたりには、異国情緒は感じられなかった。
瑠璃子ちゃんと目が合った、サファイアのような瞳は吸い込まれそう。なんとか笑顔を返すけれど、瑠璃子ちゃんは探るように私を見るばかりだ。
はわわ……可愛い子だなぁ、金髪も整った顔立も肌の白さも、まるでお人形のよう。
しかも真さんに抱きついている様子が、なんて見目麗しくて、異次元のレベルの兄妹だ。神様はこの兄妹を作り出すことだけに情熱を傾けたに違いない。
真さんはいっていたように可愛い妹なのだろう、金髪を撫でながら、瑠璃子ちゃんを離す気配はない。
「おばあちゃん、卑怯だ、僕たちを嵌めたな」
優しく瑠璃子ちゃんを抱きしめながら、真さんが文句をいう。
「ふふふ、こうでもしないといつ会えるか判らないからでしょ」
おばあさまは不敵な笑み浮かべて応じる。
「おじいちゃんが、珍しくシンが女の子を連れてたよって教えてくれて、すぐに私のメットを貸してなんて言うじゃない。お、これは彼女を紹介してくれるのかなって思ってたら、全然じゃない! 進展しているような様子も感じられないし、あの親の背を見て育ちながら、あんまりに奥手すぎてこっちはヤキモキよ!」
「お父さんやおじいちゃんと一緒にしないで」
真さんは珍しくムッとして怒る。お二人ともそんなに積極的だったのか。
「僕だって控えめだった」
おじいさまが笑顔でいうと、おばあさまは唇を尖らせて反論する。
「真歩はともかく、あなたはこれっぽっちも控えめじゃなかったでしょ? 嫌がる私にグイグイ、グイグイ、いい歳して若い女に言い寄って! 社内でなんて言われてたか忘れたとは言わせない!」
社内恋愛だったのか。言われておじいさまが肩を竦める、うふふ、なんか可愛い。
「そうはいっても、真歩もいきなりゆうちゃんを部活に引き込んで囲い込みははかってたから、五十歩百歩か」
思いはせるように顎に指を当てて呟いた、「まなぶ」はお父様の名前かな、ふふ、囲い込みかあ。
「シンはシンで、女性に興味ないのか、博愛主義すぎて、ちょっと心配してたのよ」
「もう、それについては、前に話したじゃん」
これはのちに話してくれた。やはり家柄的に、特定の女性と仲が良い関係になってはいけないと律していたようだ。少しでも特別扱いすればお相手は舞い上がるとわかってのことだ、やはり色男はつらい。
「そのシンがようやく! ああ、よかった! どんな子かしら! ってちょっと挨拶くらいしたいのに、むしろ避けてたでしょ!」
おばあさまは腰に手を当てふんぞり返った、和服には似合わなすぎる仕草だけど、それだけにいつも着こなしていると判ってしまった、袖はちゃんと気にして、手に包みこんでいた。
「いずれはちゃんと紹介するつもりだったよ」
真さんは小さな声で抵抗する、それはいつのつもりだったの? すぐ? もっと先?
「私だって一応保護者なんですからね、交際しているなんて噂聞いたら、そりゃ気になるのよ? ああ、でも安心した、可愛い方!」
と、私を見て微笑む、いや、美女に褒められても、ちょっと複雑です。
「まあ、あんまり見た目とかじゃないんだけど」
真さんがいう、え、可愛いくないってこと!?
「そうじゃないよ」
真さんはすぐに否定してくれる。
「まあ、あなたも一目惚れなのね」
おばあさまはうんうん、頷きながら言った。
「こんなのも遺伝するのかしらね、ねえ? 真斗さん?」
嬉しそうに微笑みながらおじいさまを見て言う、おじいさまは「さあねぇ」とか言いながらも私を見て頷いてくれた。
おじいさま達も、真さんのご両親も一目惚れだったいうもんな、運命ってあるのかも。
この時には気付かなかった、おじいさまは『真斗』と書くと。
お墓に彫られた名前にもたくさん『真』の文字は使われていたけれど、あまり気にしていなかった。
実は岩崎の家では、男の子には代々『真』の字を使うのが習慣なのらしい。
「兎にも角にも本当にお会いできてよかった! シンはいい子よ、よろしくね!」
歓迎されている、そう判って嬉しくなったけれど。
「今度は家の方に遊びに来てね!」
続く言葉には肝が冷えてしまう、あの大きな大きな家に行くのか。
わずかな拒否を真さんは感じ取ったのか、立ちすくむ私の手を握ってくれる。
「じゃあ、あとは若い者同士で」
おばあさまはなんかの定型句のような事をいう。
「私たちはあちらの席だし、少ししたら抜けるから、これで失礼するわね」
別れの挨拶だと判った、私は再度深々と頭を下げる。
「瑠璃ちゃんはどうする?」
おじいさまが聞いた、瑠璃子ちゃんはおじいさまを見て、私を見て、真さんを見て、再度おじいさまを見た。
「──おじいちゃんと行く」
いうと真さんに再度抱きつき、更に頬にキスまでして離れると、おじいさまの元へ走った。その別れ際、私は軽く睨まれてしまう、大事なお兄さんを盗られる、とでも思われているのだろうか。
三人が去ってから、軽く手を引かれて席に着いた。同時に真さんははあ、とため息を吐く。
「ごめんね、びっくりしたね。まさかこんな計画を立ててたなんて」
チケット自体はおじいさまがくれたのらしい、でも用意してたのはおばあさまだったのだ。
「自分で渡したらバレると思ったんだな。僕の勘の良さは知ってるから逃げられると思ったんだろう」
おばあさまは真さんの力を知っているんだ、だからわざわざ事情は知らせずおじいさま経由で!
「おばあさまも勘がいいんだ?」
真さんのもご両親からの遺伝だって言ってたもん、だったらその祖父母から受け継ぐことだって。
「残念、おばあちゃんはここまでじゃない、女の勘的な良さあるけど、この力は両親だけで──こんな話もまた今度ね」
にこりと微笑み会話を終えた。
また今度ね、はいつになったら教えてもらえるのかな……。