私をみつけて離さないで
9.プロポーズは突然に
それは11月に入って間もなく。
10時、車で迎えに来てくれた真さんの運転で出かける。
行き先は大抵真さんが決めてくれる。会話の端々やいつもの良すぎる勘で私の行きたい場所を知って、考えてくれているのだとわかる。
でもその日は違った、着いた場所に驚いた、ネットで見たことがある場所──岩崎財閥の持ち物だ。
真さんが初めて家業の施設に連れてきてくれたんだ。
京都の街の東の外れにある巨大な複合施設。
メインは宿泊だ、ホテル棟とグランピングができる広大な敷地。
大きなプールと温泉もあって、それだけを目的に来る人もいるらしい。
ホテルはオールスイートルームだ。それだけで豪華さが判る。それと大小のいくつかの宴会場や会議室と結婚式場も併設されている。
正面の入り口ではなく、裏手の職員用の駐車場に真さんは車を停めた。
手を繋いだまま職員用出入口から入るとスタッフから挨拶される、私はペコペコ頭を下げるばかりだ、真さんは会う人会う人にこんにちは、ご苦労様、と言いながら奥へ進む。
再度開けたドアの先はメインエントランスだった。
フカフカの絨毯に、高い天井から巨大なシャンデリアが下がっている。
広いホールのはたにはキラキラと光る豪華なガラスの階段があった。野点で使う毛氈のような赤い絨毯がかかっているから、ちゃんと使えるのだろう。
これは後で近づいて判った、実際にはアクリルでできたものだ。そして蹴込板のところにダイアモンドカットでキラキラ乱反射するガラスが詰め込まれている。
はあ、別世界だ。
「あれ? 真さん」
カウンターの奥から出てきた、ビシッと髪をオールバックで固めた中年の男性が深々と頭を下げて挨拶する。
「お約束より早いですね」
「うん、ごめん、教会空いてるかな」
「空いてます」
空いてます、は僅かに京都の言い方を感じた。そしてカウンターに置かれる鍵の束を真さんは受け取って歩き出す。
私は手を引かれたままついていった、見惚れていたキラキラの階段を登ると判って壊れやしないかとビクビクしてしまう。
僅かに弧を描くそれは、天井から垂れ下がるサンキャッチャーがこれまたキラキラしていて、煌びやかすぎる。
ロビー自体は吹き抜けで、2階分の高さがあるんだ、階段から続く廊下はロビーを見下ろせた、そしていくつかあるドアの、一番左奥、突き当たりの扉へ真さんは向かう。
大きな両開きのドアだった、そこへ真さんは鍵を差し込む。
その時気づいた、そのドアの脇にポスターが一枚貼ってある、施設の宣伝だろう。
場所は今上がって来た階段だ、純白のウェディングドレスのドレーンが綺麗に広がっているけれど、それ以上に目を引くのはモデルの美しい女性だ。
金髪の女性が、大きく開いた背中をこちらに見せて、横向きのまま微笑んでいる。
それでも判る、とても綺麗な人だ。
「ああ、これ、僕の母だよ」
ドアを開けながら真さんが言う。
「へえ……え!? 真さんのお母さん!?」
いやいや、異次元の美しさだ、神々しいとさえ思える。まあ写真だ、そんな風に撮ったり加工したりはできるだろうけど。
「う、わー……真さんが美形なの、判るー」
目を近づけてまじまじと見た、これまた神様頑張ったなー、この努力をほんの少し私にもくれたらよかったのに。
おでこ、鼻筋、顎と綺麗な曲線を描いている、理想の横顔ではないだろうか。
ロングドレスで包まれていて下半身はわからないけれど、少なくとも上半身はおそろしいまでに引き締まり、グラビアモデルというよりはマネキンじゃないかとさえ思えるほど美を体現している。
なにより肌は真っ白だし、金髪もキラキラ輝いてるし、本当に異国の人なんじゃないだろうか?
でも違うって、以前にいってたしなあ。