私をみつけて離さないで
「ここができた時の宣伝用の写真でね。創業者が気に入って、色褪せても奥から新しいの引っ張りだして、ずっとこれは展示してる」
真さんはドアを開けながらいった、外開きのドアだ、普段はドアの向こうに隠されてしまうと判る、それは創業時の宣伝用だからいいのかな。
「ここに僕もいるよ」
そういって、ポスターの下方に並ぶ小さな写真のひとつを指さした、サイズにしたらL版だろう。祭壇や控室とかの紹介で、オフショットも入ってる。控室とわかる部屋で、おすわりもやっとと思える赤ん坊が一丁前に白いタキシードを模したベビー服を着て金髪の花嫁の膝に笑顔で座っていた。また、それを見つめる花嫁の目を細めた顔が、とてもきれいだった。
その赤ちゃんは、確かに真さんだ!
「わあ、可愛い! 真さん、赤ちゃんの頃で既に出来がってる!」
「出来上がってるって」
真さんは笑うけど、本当だよ、このまま大きくなって今に至ってる!
「え……これは、お父様?」
並ぶL版の中に、金髪の花嫁と並ぶ長身の男性がいた。手を取り合い祭壇の前で見つめあい微笑んでいる。
ぱっと見、真さんに見えてどきりとしてしまった、緩かやな癖毛がそっくりだ。
「そう。実はここの結婚式場の柿落としでやった模擬挙式に駆り出されてね、それはその時の写真だって」
いってドアは廊下のドアストッパーに止めた、やはりポスターは隠されてしまう。
ドアの中を見た、たった今見た写真の祭壇が目の前にあった。
「身内がやるなんておかしいだろって随分抵抗したみたいだけど、創業者に押し切られてね。母にももう一回結婚式挙げたいなんて言われて渋々やったら、その写真をポスターにされて相当怒ったみたいだけど、未だにそのポスターがこんな風に貼られてるって、父も意外と流されやすいというか、母には甘いというか。ああ、母はしばらくここ専属のモデルをしてたんだ。それにも文句タラタラ言ってたけど、やっぱり綺麗だよね、それは認めてたみたい」
息子も旦那さんも認める美しさか、いいなー。
初めて真さんに抱かれた日に言ってた、幼いころご両親の情事を見てしまったそうだ。
でもそれはいやらしさなどなく、むしろ厳かで神聖な儀式のようで、だからそう簡単に女性と関係を結ぶ気にはなれなかったと告白してくれた。確かにこのおふたりなら、映画のワンシーンの様に美しい濡れ場だろうと想像してしまう──は! いかんいかん、恋人のご両親つかまえてなにを考えてるんだっ!
真さんが先に入って手を差し出してくれる、ああ、まるで結婚式のような……。
「は、入っていいの?」
「今日は式の予定はないから大丈夫、仏滅だからね。そんな事関係なく、事情がある方は挙式するけど」
今も仏滅に慶事を避けるのは変わらないのか、特に安くなっていると聞いたことはある、ここもなのだろう。
私が手を取ると、真さんは奥へ向かって歩き出す──なんだかドキドキする。
祭壇近くには赤いロープが張られていて、近くまで行けなかった。それでも、だ。
真さんと手を握ったまま祭壇を見上げた、そこには十字架が掲げられている。
「ごめんね、なんだか焦らしたつもりはなかったんだけど、本当は来月の父の一周忌を終えてから家族には紹介したいと思ってたんだ。それまではめでたい話は控えたいって勝手に思っててね」
真さんも十字架を見上げていった、そっか、そんな事思ってたのか、なのに私ったら……。
「先に言っておけばよかったね、おばあちゃん達にも。まさか罠を仕掛けてるとは思ってなかった」
お母様の一周忌もひっそりと済ませていたんだよな。
「だからきちんと話そうと思う、香織には僕の全てを知って欲しい」
そんな言葉に、私は心の居住まいを正した。
「この地で出会えたのは幸いだった、香織はもう僕が岩崎の全てを継ぐことを知っているからね。母も祖母も、家のことは聞かされずに結婚したらしい。名家とも言われる家だと判って、あの山奥の屋敷に案内されて、祖母は離婚するって叫んだっていうから」
私は頷く、財閥とすら言われてしまう家柄だ、何も聞かされず結婚までしたら、それは怒り心頭だ、私だって嫌だ。