私をみつけて離さないで
「ここはうちが持つ施設の中でも最大規模だ。敷地面積はもちろん、売上高も1、2を争う」
三桁億円を稼ぎ出す一部だ。
「従業員はここだけで200人ほど、グループ全体ではパートやバイトも入れれば3,000人以上。屋敷で雇っている人達もいる。その人達の扶養家族も含めれば5,000人近い人の生活が、この先僕の手腕ひとつにかかってる」
ごくりと息を呑んだ、真さんがすごい人だと改めて思う。
ここに入ってからだって会ったのは数人程度だったけれど、まだ若い真さんを敬っている様子は判った、やはりこの人は経営者なんだ。
「僕はその覚悟で、早くに親元を離れてこの地に来た。この先もずっと5,000人の命を守る為に働き続ける。だからといって君もその覚悟をもってくれとは言わない、君にお願いしたいのは、僕を助けて欲しいってこと」
「真さんを、助ける……?」
とても強いと思える真さんを助けることなんかできるのかな……。
「僕だってロボットじゃない、嫌なことがあれば落ち込むし腹も立つ、そんな時香織にぎゅっとしてもらえたらそれだけで元気になれる」
そういって真さんは私を抱きしめる、ああ、そうだよね、私も元気になれるよ。
「楽しいことや嬉しいことは分かち合いたい、香織となら、そんなふうにずっと幸せに暮らせると思うんだ」
ずっと──それって、プロポーズ……?と思った瞬間だった。
「おや、失礼、取り込み中だったか」
男性の声に驚いた、耳元で真さんが「相原さん」と言った。
あ、真さんを八王子まで送ってくれた人だ。
烏丸のバーの店長さんの金子さんに似てるといっていたけど、確かに顔や姿ではない、雰囲気が似ていると思った。
「ここの創業者のひとりで、父の親友。母をモデルにしたいと言った張本人で、嫌がる父を面白がって創業時のポスターをいつまでも貼っている人」
真さんが紹介してくれた、そんな紹介に相原さんはおいおいと言いながら笑う。確かに紹介のしかたといい、相原さんの反応といい、金子さんに似ていると思った。
真さんのお母さんをモデルに担ぎ出した張本人かあ、美人だもんね、わかる。学生結婚したお父さんを支える為にと口説いたらしい。まああれだけ綺麗な人がその美しさを生かさない仕事に就くのはもったいない、まさに天職だ。
レストランやカフェを数店経営している、横浜では名の通った実業家だと言う、まだお若いのに。真さんのお父さんと同じ歳くらいかな。私は改めて会釈して挨拶した。
「お噂はかねがね」
相原さんはにこりと目を細めて微笑んだ、ああ、この人も美形だな。え、噂、って。
「理恵さんが褒めてたよ、いい子だって」
理恵さんは真さんのおばあさまの名前だ、よかった、褒めてもらえた! そんな風に言いふらすってことは本心ってことだよね!
「お帰りになったんじゃないんですか?」
本当は昨日までの予定で京都へ来ていたらしい。
「帰ると見せかけて、だよ。大室さんが、珍しくシンがレストランの予約を入れてるって興奮して教えてくれてさ、しかも、ふたり」
大室さんとは先程カウンターの中にいたオールバックの男性のことだ、ここの総支配人さんである。
ふたり、とVサインを出す仕草すら様になってる、あ、このかたも真さんを『シン』と呼ぶんだ。お父さんの親友って、そういうことだ。
「んじゃってキューピッドの代わりをしてやろうと思ったけど、余計なお世話だったかな?」
相原さんは微笑む、それは本当に保護者のような優しさがあった。
真さんも微笑む、そして私を抱く腕に力を込めた。
「まだ返事は聞いてません」
う、私の迷いは判るんだろう。
「そうか」
相原さんはこれまた嬉しそうに微笑む、私の心などお見通しだと思う。お見合いで初めから嫁ぐ覚悟があって交際を始めたならまだしも、である。
「まあ、なんとかなると思うけどね。なんだかんだ言って理恵さんだってちゃんとやってる、あの人が姑代わりならうまくやっていけると思うよ」
姑代わり……そうか、本当のお姑さんは、もうこの世にいない……。
「なによりシンなら安心だよ、いざとなれば一番に君を選ぶだろう」
私を選ぶ──真さんを見上げた、目が合うとにこりと微笑んでくれる。
「まあ、話がついてもつかなくてもご飯は食べていくんだろ。俺がめちゃんこうまい飯作ってやってるから食っていけ、特製フルコースだ」
そう言ってビシッと人差し指を私達に向けた。
「え、相原さんのフルコースですか?」
「おうよ、横浜元町『Le Bonheur』仕込みのフレンチだ、楽しみにしておけ。腹が膨れたら気も大きくなって、俺たちが欲しい答えがもらえるかもしれないからな」
ウインクまでして相原さんはいなくなった、色男はやることが違う。
『Le Bonheur』とは、テレビでも時々取り上げられる、横浜で有名なカジュアルフレンチのお店だ。そこの店主と仲が良いので、時々コラボ料理など出しているらしい。
三桁億円を稼ぎ出す一部だ。
「従業員はここだけで200人ほど、グループ全体ではパートやバイトも入れれば3,000人以上。屋敷で雇っている人達もいる。その人達の扶養家族も含めれば5,000人近い人の生活が、この先僕の手腕ひとつにかかってる」
ごくりと息を呑んだ、真さんがすごい人だと改めて思う。
ここに入ってからだって会ったのは数人程度だったけれど、まだ若い真さんを敬っている様子は判った、やはりこの人は経営者なんだ。
「僕はその覚悟で、早くに親元を離れてこの地に来た。この先もずっと5,000人の命を守る為に働き続ける。だからといって君もその覚悟をもってくれとは言わない、君にお願いしたいのは、僕を助けて欲しいってこと」
「真さんを、助ける……?」
とても強いと思える真さんを助けることなんかできるのかな……。
「僕だってロボットじゃない、嫌なことがあれば落ち込むし腹も立つ、そんな時香織にぎゅっとしてもらえたらそれだけで元気になれる」
そういって真さんは私を抱きしめる、ああ、そうだよね、私も元気になれるよ。
「楽しいことや嬉しいことは分かち合いたい、香織となら、そんなふうにずっと幸せに暮らせると思うんだ」
ずっと──それって、プロポーズ……?と思った瞬間だった。
「おや、失礼、取り込み中だったか」
男性の声に驚いた、耳元で真さんが「相原さん」と言った。
あ、真さんを八王子まで送ってくれた人だ。
烏丸のバーの店長さんの金子さんに似てるといっていたけど、確かに顔や姿ではない、雰囲気が似ていると思った。
「ここの創業者のひとりで、父の親友。母をモデルにしたいと言った張本人で、嫌がる父を面白がって創業時のポスターをいつまでも貼っている人」
真さんが紹介してくれた、そんな紹介に相原さんはおいおいと言いながら笑う。確かに紹介のしかたといい、相原さんの反応といい、金子さんに似ていると思った。
真さんのお母さんをモデルに担ぎ出した張本人かあ、美人だもんね、わかる。学生結婚したお父さんを支える為にと口説いたらしい。まああれだけ綺麗な人がその美しさを生かさない仕事に就くのはもったいない、まさに天職だ。
レストランやカフェを数店経営している、横浜では名の通った実業家だと言う、まだお若いのに。真さんのお父さんと同じ歳くらいかな。私は改めて会釈して挨拶した。
「お噂はかねがね」
相原さんはにこりと目を細めて微笑んだ、ああ、この人も美形だな。え、噂、って。
「理恵さんが褒めてたよ、いい子だって」
理恵さんは真さんのおばあさまの名前だ、よかった、褒めてもらえた! そんな風に言いふらすってことは本心ってことだよね!
「お帰りになったんじゃないんですか?」
本当は昨日までの予定で京都へ来ていたらしい。
「帰ると見せかけて、だよ。大室さんが、珍しくシンがレストランの予約を入れてるって興奮して教えてくれてさ、しかも、ふたり」
大室さんとは先程カウンターの中にいたオールバックの男性のことだ、ここの総支配人さんである。
ふたり、とVサインを出す仕草すら様になってる、あ、このかたも真さんを『シン』と呼ぶんだ。お父さんの親友って、そういうことだ。
「んじゃってキューピッドの代わりをしてやろうと思ったけど、余計なお世話だったかな?」
相原さんは微笑む、それは本当に保護者のような優しさがあった。
真さんも微笑む、そして私を抱く腕に力を込めた。
「まだ返事は聞いてません」
う、私の迷いは判るんだろう。
「そうか」
相原さんはこれまた嬉しそうに微笑む、私の心などお見通しだと思う。お見合いで初めから嫁ぐ覚悟があって交際を始めたならまだしも、である。
「まあ、なんとかなると思うけどね。なんだかんだ言って理恵さんだってちゃんとやってる、あの人が姑代わりならうまくやっていけると思うよ」
姑代わり……そうか、本当のお姑さんは、もうこの世にいない……。
「なによりシンなら安心だよ、いざとなれば一番に君を選ぶだろう」
私を選ぶ──真さんを見上げた、目が合うとにこりと微笑んでくれる。
「まあ、話がついてもつかなくてもご飯は食べていくんだろ。俺がめちゃんこうまい飯作ってやってるから食っていけ、特製フルコースだ」
そう言ってビシッと人差し指を私達に向けた。
「え、相原さんのフルコースですか?」
「おうよ、横浜元町『Le Bonheur』仕込みのフレンチだ、楽しみにしておけ。腹が膨れたら気も大きくなって、俺たちが欲しい答えがもらえるかもしれないからな」
ウインクまでして相原さんはいなくなった、色男はやることが違う。
『Le Bonheur』とは、テレビでも時々取り上げられる、横浜で有名なカジュアルフレンチのお店だ。そこの店主と仲が良いので、時々コラボ料理など出しているらしい。