私をみつけて離さないで
10.バレンタインデー



2月。

一大イベントのバレンタインデーだ!

はっきりいって、バレンタインデーは嫌いだ。

彼氏いない歴=年齢だった私は、異性に上げるのなんてもってのほか。あげたのは、家族への義理チョコか、幼稚園の時の勢いだけの友チョコだけである──嫌いな理由はそれだけじゃないけれど。

ところがどっこい、よりによって初めてできた彼氏が超ハイスペックな御曹司だなんて、何を贈ればいいんだろう……無難に高級なチョコレート屋さんのでいいのかな……つか、そんなのいっぱい食べて飽きてそうじゃない? もらっても「あ、そう」で終わってしまうかも。

うむ。ここはひとつ、手作りで……!
舌は肥えてそうだし、相原さんみたいな料理上手がいるとはいえ、ど素人丸出しでも作るんだ! 真さん甘党だから、甘ければ騙されるはず!

とは言え、寮という名のアパートの小さなキッチンだ。レンジも温められればいいとオーブン機能なんかないものを買ってしまった。一枚だけ焼けるトースターはある、それで作れるスイーツを……ネット検索で見つけた、ガトーショコラをカップケーキにみたいに焼くもの! これだ!

2、3日置いた方が美味しいとある、14日は平日だから仕事があるだろうな。会いたいといえば会ってくれるけど、どうせならゆっくり会いたいし、13日に渡そうと11日から作り始める。

でも作り始めて後悔だ。
メレンゲ……腕が死ぬ……電動泡立て器、欲しい……。
チョコ……溶かすの面倒……はっ、ダメよ、香織! 真さんに喜んでもらうのよ!

そして13日当日、きちんとラッピングまでして真さんに手渡せた。

真さんはにこりと微笑み受け取ってくれる。

「ありがとう、こんなに嬉しいプレゼントは初めてだな」

あー……真さん、モテるだろうからきっとジャニーズ並にもらってるんだろうな……。

「そんなには貰わないけどね、お返しが大変なくらいはもらってた。父が頑なに受取拒否してたって話は納得できた」

あーお父さんもなんだー、あの容姿だもんな、そりゃモテるわー。

「他校からも女子が押し寄せて大変だったみたいよ。その日は公欠にしてやるから登校するなっていわれたって、おばあちゃんが笑いながら話してくれた」

それはすごい! 他校にも轟く美形だったんだ、それはそうか、今の真さん見ればわかる!
真さんは笑顔で紙袋に鼻を入れて、クンクン鼻を鳴らす、チョコの匂いを嗅いでいるのか。

「うーん、そうか。香織がフライングしたなら、僕もしようかな──香織、手、出して」

いわれて素直に手のひらを向けて出す、そこに真さんはジーンズのポケットから出したものを置いた。それは、真さんの体温で温かくなったディンプル錠だった。

「──え!?」

真さんがひとり暮らしなら、その家の鍵だと思えるシチュエーションだ、どきっと心臓は跳ね上がったけれど、真さんは実家住まいだし、その家の鍵をもらって、逆の意味で心臓は早鐘を打ち始める。

早々に、あの山間の大きなお屋敷に住めというのか……!

「違うよ、下鴨神社の近くのアパートだよ」

なーんだ、アパートかあ。

「誕生日プレゼント」

真さんがにっこりと微笑みいう。

「……え?」

私、誕生日がいつかなんか教えてない、っていうか私は真さんのを聞いたのに、真さんはじゃあ君はいつ?なんて聞いてくれなかった。ちょっと残念くらいに思ってたのに……力を使ったな?

「正確にはバレンタインデーのあとだってイメージを感じただけ。15日? 16日? そんな感じ」

正解、15日だ。

生まれてこのかた誕生日を祝ってもらったことがない、正確にはないわけではないけれど、バレンタインデーのついでのようだった。
パーティーは14日に行われる、15日の時もあるけど、ケーキは必ずチョコレート。みんながくれるプレゼントもチョコレート、チョコでなくてもいかにもバレンタインデーをイメージしたラッピングで、ああ本当についでだって思ってきた。

「ちょっとサプライズしたかったんだよ。それもちゃんとリボンくらいしようと思ってたんだけど、まさか今日くれるとは思ってなかったし」

あ、そこまでは判らないんだ。

「手作りでなんか作ろうとしてたのは判ったよ」

んもう、その力ぁ! 本当に恥ずかしい!

「それと交換のつもりでいたからね、そのまんまでごめんね、ここ来る前に契約してきたから」
「──え?」
「少し前から探してて、いくつか見てたんだけど、そのうちのひとつが決まりそうですけどって連絡来たから押さえちゃった。寮、出なよ」

え、それって、同──。

「同棲はしないよ」

ちぇっ、違うのか!

「ごめん、僕はあの土地から出る気はないからさ」

そうだよね、大学の間もずっと通ってきてたんだ。

「でも」

真さんは私の髪を梳くようにして頭を撫でて、引き寄せてくれる。

「寮住まいじゃ時間の制約があるじゃない、もっと香織といたいのに」

んもう、真さんってば!

「このあと部屋を見に行こう、もし香織が気に入らないなら別の場所に変えてもいいし。ああ、大丈夫、契約金も家賃も僕が払うから」

それは岩崎家所有のマンションやアパートではなかった。

後日おばあさまに会ったときに言われた、空きはあるから今からでも住んでいいのよ、と。でも真さんが答える、自分ちのじゃ気を使うし、監視されてるみたいで嫌だって。私はそこまでは思わないけれど、真さんが嫌なら従うだけだ。
家賃も折半でいいって申し出たけど、真さんは勝手に借りたのは自分だし、収入もある自分が払うのは構わないって言ってくれた。甘えてしまおう。

同棲じゃない、というのはよく判った。部屋は日当たりのいい1Kのマンションだった、10畳相当と広いけれど一間ではふたりで暮らすには、落ち着かないかも。常にイケメンに見られている生活なんて耐えられない。

それでも真さんは週末はそのマンションで過ごすようになった。
少しずつ増えていく真さんに荷物が嬉しかった。本とか歯ブラシとかパジャマとか……丸一日外に出ないでふたりきりで過ごすのも幸せを感じる。

家事が苦手なのはバレたけれど、それも真さんは笑ってくれる。

あの美人なお母さんも苦手だったらしい、それはそれで安心だけど、美人はそれだけで取り柄があるから許されるような気がする。

わ、私はこれから覚えます!
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