私をみつけて離さないで
「御曹司も物好きやなぁ」
「そんなことないもん!」
「ほうほう、そうどすかぁ」
「なあ、ひん剥いてまおうで!」
「なあ、待っとって! 俺も一緒にやりたい!」

運転手が興奮した声でいうと、左の男は舌打ちをした。

「しゃあないなあ、早う人気(ひとけ)のあらへんとこまで行って、車停めろや~」
「アイサー!」

エンジン音が上がって車が加速した瞬間だった、背後から衝撃とものすごい破壊音がした。

「は?」

男たちは声を上げ、車は急停止する。同時に今度は頭上から衝撃と音が落ちて来て皆で首をすくめた、屋根になにか落ちたんだ!

「なんやねん!」

運転席の男がドアを開けて飛び出した、その体に上から降ってきたものが激突する。男は見事に下敷きになって地面に倒れこんだ。

降ってきたのは、人──その背中は知っている、真さんだ!

くるりと振り返ると、後部座席のドアに手をかけた、ピピッという動作音の後ゆっくりドアが開く。その間に真さんはヘルメットを外した、顎の留め具もしていないのは、それだけ急いで来てくれた証だと思える。

「──彼女に触れたな」

ドアが完全に開ききる前に低い声で近くにいる右側の男を恫喝した、男は両手を上げて首を左右に振ってそれを否定する。

「──彼女に触れた手を出せ、今なら指だけで我慢してやる」

言葉の意味が理解できない、それは男たちもだったらしい。返事もできず、やはり首を左右に振っていた。

左に座っていた男はこっそり逃げようとしたらしい、左側のドアの作動音がした。そんなこと真さんもお見通した、右手が動いたのは見えた、そして風を巻いて何かが目の前を通過した。左の男がぐえ、とか呻いたので視界の端で見ると、その後頭部に真さんのヘルメットが当たっている──え、この狭さをまっすぐ飛ばして男を一撃……? 男はドアとヘルメットに挟まれて気を失ったのだろうか、それでも開くパワースライドドアから車の外へずるりと落ちていった。

「ひ……っ」

右の男が悲鳴を上げた、自分がどうなるか、わかったのかもしれない。

「手を出せといっている──手首から先を失いたいか」

真さんの緑色の瞳がらんと光った、いつもの優しい瞳とは違う、こんなにも威圧感がある目は見たことがない、低い声も聞いたことがなかった。

車の外、真さんの傍らで人影が動いた、運転手がこそこそと逃げ出そうとしていた、這いつくばり少し離れたところで立ち上がったけれど、その後頭部にきれいに真さんの蹴りがはいった。ただでさえ長い脚がますます長く見える──本当にかっこいい、特撮ヒーロー物を観ているようだ!

膝を上げて後方へ蹴り出しただけなのに、相当な威力だったようだ。真さんがゆっくり足を戻すのに合わせて男はスローモーションのように倒れた、蹴るときも倒れる様子も確認せず、真さんはなおも座席に座っている男を睨み、その首に右の拳を押し当てた──違う、その手には短刀が握られていた、その峰で男の顎近くの首を圧迫している。え、いつのまにそんなもの……護身用で持ち歩いているの? いや、その長さは銃刀法違反だと思うけど、この世はそんなに物騒なのか、現に私も襲われてるし……!
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