私をみつけて離さないで
「女性はいきなり外泊なんて困るんだろう。一旦アパートに寄ってから来たらいいんじゃないか?」

おじいさまがいう。いえ、そうなんですけど、そうじゃないです──そう思うのに、真さんはタクシーで私のアパートに行くと、そのタクシーを待たせたまま、私に数日のお泊りの支度をするよう告げる。

「え、そんなに?」
「とりあえずうちに来るのは今夜だけのつもり、さすがに大学に通うには面倒だから。休んでもいいけどね」

真さんも毎日通ってたから、わかる苦労か。

「すぐに別の住まいを用意するけど、それまではホテルにいてもらうね」
「え、そんなに……?」

私はいまひとつ自分の身に降りかかっている危機が、わかっていないでいた。

「おじいちゃんが子供の頃、護身術だといってあれこれ仕込まれたって意味がよくわかった。時代が時代だったからだと思ってたけど、今だって危険なのは変わりなかったね」

おじいさまのおばあさまが、一代で財を築いたころだろう。それを面白くないとやっかむ人や、金目当てで誘拐を目論む者など、わんさかいたらしい。

「香織に自分の身は自分でなんていうのは酷だから、僕が守るよ、大丈夫、僕にはその力があるから」

だよね、さっきの真さん、本当にかっこよかったもん!

「そうかな、母仕込みの空手が役に立つとは思わなかった」

はは、そっか、お母さんは空手の有段者だったんだ!

「おじいちゃんたちにも教わったからね」

だよね! お屋敷に格技場があるくらいだもん!

「えーでも、ここも借りてもらったばっかりなのに」

思わず部屋を見回した、大して思い入れを作ることもなく引っ越しとは。

「場所が知られてしまったのがもう駄目だね、大学の近くというのがアダになったかも。バスや電車を使ってももう少し防犯のしっかりしたマンションに……今なら二条城の近くに空き部屋があったはずだ、そこかな」

それは岩崎財閥が所有、管理するマンションだ。

そして山間の大きなお屋敷に着いた、まずは女中頭の奈海さんが迎えてくれる。すぐに奥から着物姿のおばあさまがやってきた。

「おかえりなさい、シン」

真さんは本当に自然と「ただいま」と応え、私は最敬礼で挨拶をする。

「さっき、警察から電話があったわよ」

いわれて、真さんは靴をそろえながら「ああ」とやや面倒そうに答える。

「事故を起こしたの? お相手は全面的に謝罪してますって。まさか岩崎のお坊ちゃまとは知らず失礼した、バイクは弁償するっていってるって」
「──ふうん、そんな事いってるんだ」

奥からおじいさまもやってきて、うん、と頷いた。それはおばあさまには詳細はいうなということだろう。

「当たり屋なんですって。バイクに突っ込ませて車の修理代をせしめようとしたら、あなたガチギレしたんですって? 災難だったわね」

はは、確かにガチギレだったわ。

「香織ちゃんも一緒だったのね、病院へは行った?」
「え、はい、いえ、ケガはないので……」

おじいさまから私が来る話は聞いていたんだろう。

「念のため、あなたからも話を聞きたいから、2、3日のうちでいいから、一度下鴨警察署に来てほしいって伝言よ」

真さんはにこっと微笑んだ。
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