私をみつけて離さないで
「──岩崎の、お嫁はん?」

1年生の男子から声が上がった、見ればこれまた細面の美丈夫だった。
えっと名前は確か、木村孝助(きむら・こうすけ)さん。

「あれ? 伏見の次男坊じゃん」

翔真さんはにこりと微笑んだけれど、木村君は眉間にしわを寄せてうんともいわない。知り合いではないの?

「伏見の酒蔵でね、うちも世話になってる」

翔真さんは気にした様子もなくにこやかに教えてくれた。酒蔵か、お酒を納めてもらってるんだな。

「へえ、お世話になってますぅ」

木村君はいうけれど、眉間のしわはそのままで、どうにも奥歯にものがはさまったような……。

「シン兄が嫌いなの」

耳打ちで教えてくれた、えーなんでだろ、業種が同じでライバルというわけでもないでしょうに。

「他所もんが嫌、ってレベルなんでしょ。そのためにシン兄は早くからこの地に移り住んで受け入れてもらえる努力はしてるんだけどね。関東弁が気に入らないのかな。それいったらおじいちゃんも全然京都弁は出さないんだよね、それは一度は若くしてこの地を捨てたからで、そのプライドかも」

そこまでかあ、そんなに家が嫌だって、なにがあったのか。

「あれだけの家を守るってさ、身内だけじゃ済まないから面倒もあんだよ。だから俺は跡は継がない」

にっこりと宣言する、それはきっと、いつも言っていることなんだろうなぁ。

「木村の次男坊も跡を継ぐ予定はないんだから、シン兄を敵視しなくてもいいのになあ。つか、シン兄は次男坊のことなんかまったく眼中にないんだけど」

その言葉だけは、普通のボリュームだった、当然木村君にも聞こえる。

「岩崎の(ぼん)のことなんか! 俺だって興味あらへん!」

ほらあ、怒らせちゃったじゃん!

「──でも、そのお嫁はんには、興味、あるなあ」

といって、私を見る、その目は熱視線で、変に歪んでいて──え、ちょっと待って?

「ええ度胸やなあ」

へたくそな京都弁で対抗したのは翔真さんだ、途端に私の肩を抱き寄せる。翔真さんは大学からこちらに住んでいるから、京都弁にはあまり馴染みがないはず。

「俺らに喧嘩売るたぁ、それ相応の覚悟があってのことやろな?」

しょしょしょ、翔真さん?

「あんたらになんか売ってへん。相手は岩崎の坊や」

いやいや、木村君?

「同じ意味じゃんね」

翔真さんが私の髪にキスをしながら笑う、見ている皆が悲鳴やら雄たけびを上げるのが聞こえる。

「兄貴も心配して警護はつけてるけど、これは油断大敵だね。学校にいる間は俺が守ってあげなくちゃ」

そんなことは言うけれど、学部は違うし、そもそも月が変わるともうその姿を見ることはなくなった。
真さんも呆れてる。なんだか今はサーフィンにハマって、いい波を求めて世界中を巡っているらしい、自由だなあ。

そんな翔真さんだから、その後留年し続けて、私より2年遅れで大学を卒業することになる。
なんにつけてもそんな感じだ、しっかりしている真さんとは大違いだ。真さん曰く翔真さんは子供のころからそんなんだったらしい。よくお父さんの雷が落ちたけれど、そんなものはどこ吹く風。一緒に遊んでいて一緒に怒られる自分ばかり分が悪いと憤慨していた。
半面、そんな翔真さんの気質が一番ご両親に似ているそうだ、意外だ、しっかり者の真さんのご両親がそんなに自由奔放だったなんて。
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