私をみつけて離さないで
「僕がすごいというより、先代が凄かっただけで、僕たちは先祖からのものを守っていくって感じかな。それより、敬語と先輩ってのはやめてくれない?」
「あ、はい」

大学では先輩とか言わないのかな?

「あのね」

先輩は座卓に腕をついて身を乗り出した、やたら優しく微笑む顔に見惚れてしまう。

「僕の両親はひと目見て恋に落ちたんだって。まだ中学生だったのに、窓越しに目が合った瞬間、あ、この人だって判ったって」

わあ、なんてドラマチックな出会いなんだろう、その光景を思い浮かべてときめいてしまう。

「祖父母もひとめ惚れだったんだって。って言うと祖母は自分は違うって怒るけどね。まあそんな話を聞かされて育ったから、僕もそうやって伴侶を見つけるんだろうって信じてた。でも中学でも高校でもそんな出会いはなかったから、きっと僕は一生ひとりで生きていくんだなって思ってたけど」

中高で悟らなくも。

「僕にもちゃんといた、運命の人が。香織さんと目が合った瞬間、間違いないって思った。今まで出会えなかったのは仕方ない、君がこの地にいなかったんだから」

んん!?

「今日は楽しかった、こんなに浮ついた気持ちになるのは初めてだ。こんな生活がずっと続いてほしいと思う。まだ言えないことはたくさんあるけど、少しづつ知らせたい。君のことは全身全霊守るから、きちんと交際を申し込みたい──あの、聞いてる?」

後半は両手で顔を覆ってしまった私を心配したらしい、私は顔を隠したまま頷いた、それは聞いてますって返事だ。
聞いていた、内容も理解した、でも、エメラルドのような先輩と、その辺に落ちてる小石の私とじゃ──。

「……私なんかじゃ、先輩と、釣り合いません……」

家柄がもう、大違いじゃないか。庶民が付き合える相手ではない。
うちなんぞ超平均的なサラリーマン家庭で、いい高校へ、いい大学へと勉強ばかりしてきた私なんか、なんの躾もされていないようなものだと思う。

それに今日一日、散々ネガティブな話をしていたような気がする。京都へは逃げて来たとか、ようやく入学できたけど、勉強はできないとか。ああ、本当に余計なことを。先輩の前だと緊張感がなくなるんです。そんなどうしようもない人間が、財閥と呼ばれるようなお宅の御曹司と付き合えるはずがない。

「釣り合うって何? 気持ちの問題でしょ」

先輩は笑顔で言う、眩しいほどの笑顔で。

「あ、その気持ちだけでいったら確かに釣り合わないかもね、こんなに君を好きだって思う気持ちは、君は勝てないと思うよ」

私は両手で覆ったまま顔を伏せた。駄目だ、手の平を通しても感じる、顔が熱い。耳まで熱いからきっと真っ赤だと思う。この人はさらりとなんてことをいうんだ、こんな人に告白されて冷静でなんかいられない。

「どうする?」

どうって。嬉しいです、嬉しいけど、困ります、私なんか、私なんか……。

「返事は保留でいいよ」

保留?

「それとも断る?」

私は慌てて首を左右に振った、断る、のはありえない! ほんの少しの間でもいい、夢を見たい。
頑張って入学した大学、毒だとは言わないけれど家族から逃げてこられた地、そこでこんな素敵な人と時を過ごせたら──。

「あの……」

声を振り絞った、先輩は「うん?」と相槌を打ってくれる。

「具体的には何をどうしたらいいのか判りませんけど……よろしくお願いしたいです」

掠れた声で言うと、先輩の微笑む気配を感じた。

「僕もだ、改めて交際ってどうするんだろうね? でも嬉しい。こちらこそよろしくね」

それから食事を食べたけれど、どんな会話をしてどんな料理が出てきて、どんな味だったすら覚えていない。

2時間ほどして店を後にする。支払いはツケだった、まさか経費で落としたりしないよね……? 先ほどの店員はもちろん、料理人と思える人まで出てきて数人で見送りされて帰路に着いた。

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