私をみつけて離さないで

寮の前でバイクから降りる、先輩もエンジンをかけたまま降りて私が借りていたヘルメットをネットで後部座席に固定した。

「あの、今日はありがとうございました」

その背に挨拶をする。

「こちらこそ、久々に楽しかった。京都の街はこうじゃないとね」

振り返った先輩がいう。なにがこうなのか判らなかったけれど、微笑み返すと先輩の腕に抱き寄せられた。

「先輩……っ」
「シンでいいよ」

ヘルメット越しの先輩の声がする。

「シン?」
「愛称、家族はみんなそう呼んでる」

『真』の音読みが『シン』だからかな。家族か、確かにおじいちゃんもそう呼んで……家族!? 私が!?

「さ、さすがにそれは……」

この拒否を私はのちのち後悔する、一生「(まこと)さん」と呼ぶことになってしまったからだ。一度始めた呼び方は、そう簡単に変えられないようだ。

「そっか」

先輩は微笑み、背中をぽんぽんと叩いてくれた。

「とりあえず、先輩は禁止」
「はい」

返事をするとぎゅっと抱き締められた。先輩は背が高い、私なんて顔が先輩の胸だ。それを先輩は身を屈めて私の肩に顔を乗せるようにして──ヘルメットが冷たい──更に体を密着させられて、私はつま先が浮いてしまう。

「先……まこと、さん……っ」
「──このまま連れ去りたい」

えええー!?

今度は私が背中をぽんぽんと叩いた、それが合図だったように先輩は私を解放してくれる。
ヘルメット越しの目が、優しく微笑んだ。

「また明日ね」
「はい」

明日? 大学で? 先輩は既にフル単で本当は大学に来なくていんだって言ってたけど──そう思ったけれど確認はしなかった、図書館にもいたんだ、大学に来る用事はあるんだろう。

走り出すバイクを見送った、軽く手を上げてくれたのが嬉しい。住んでいるのは山奥だと言っていた、散々観光に付き合ってくれて更に走るのか……今も全身を襲う倦怠感に、先輩は疲れていないのかなと心配になってしまう。まあ先輩は慣れているみたいだから大丈夫なのかな。

倦怠感もあるけれど、変な高揚感にフワフワした気持ちのままセンターロックを開けて中に入った瞬間──。

「岩崎君と一日中いたの!?」

数人の女子に囲まれました。

「──はい」

ごくりと息を呑んで応えた、帰ってくるまで見張られていたのだろうか。ええい、面倒くさい!

「あの、口説かれてしまいました」

途端に悲鳴が響き渡った、建物が震えたのが判る。壁や床を叩く人までいて、ああ、先輩、もてるんだろうなって改めて思った。

そんな人が私を運命の人だなんて思ってくれたって……これはちょっと、自慢してもいいのかな。
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