私をみつけて離さないで
4.ファーストキスは突然に



お昼休み、図書館へ行った。
でも、明日ね、と言っていた真さんはいなかった、連絡してみようかな……ううん、真さんは忙しいだろうから、真さんから連絡があるのを待とう。

真さん、って呼ぶのだって何度もシミュレーションしたからね! お風呂入ってもベッド入っても、何度も、何度も……そうよ、交際しようって言われたんだもん、呼んでいいんだもん!

とりあえずせっかく来たから本を探す、大学の図書館とは言え勉強関連ばかりではない、娯楽向けの本だってある。ファッション関連の書籍が並ぶ書架を眺めていると声がかかった。

「みーつけた」

優しい低音、昨日は一日中聴いてた声、笑顔で振り返っていた。

「真さん」

いうと真さんも破願した。

「あの、ちょうどよかったです、あれ、届きますか?」

棚の上段にある世界の民族衣装なんて書いてあるハードカバーの本だった、私が手を伸ばしても棚にやっと指先が触れるだけだ、もちろん台を持ってくればいいんだけど。

「これ?」

やっぱり背が高い、背伸びもしないで背表紙に触れた。

「その隣です」
「こっちか」

そういって右隣のものを取ろうする。

「もう、いじわるっ、反対ですよっ」
「はいはい」

笑顔でいって目的のものを取ってくれた、ありがたい! 私は手を伸ばしてそれを受け取ろうとしたのに、真さんはそれを自らの肩に乗せてしまう。

「あの……ありがとうございます」

延ばした手の行き場がなく握ったり開いたりするのに、真さんは渡してくれる気配がない、それどころか棚に戻そうとする。

「え、真さん!」

思わず背伸びして手も伸ばした、真さんの体を支えにするようにして──体は近づいた、顔も──真さんが顔を傾け、僅かに唇同士が触れ合う。

「──は」

僅かでもキスはキスだ……ふぁ、ファーストキスが……! こんなにもさりげなくキスされたことに驚き、思わずよろめき書架に寄り掛かかった。
目の前の真さんはにこりと微笑む、余裕の笑みだ。

「僕もファーストキス」

空いた手の指先で投げキッスをしながら、ウィンク付きで言われた、ええ、なんだそのかっこよすぎる仕草は……! 少女漫画の世界ですか、って!?

「え……!? (せん)……真さんが、ファーストキス!?」

嘘でしょ、絶対百戦錬磨だと思ってた! 数多の女とやりまくっているものだとばかり……!

「失礼だな、女性経験もないよ、悪かったね」
「えっ、嘘ですよね、真さんが童……っ」

童貞、と言いかけて慌てて口を手で覆った、真さんは無表情に本を書架に戻そうとする、あ、怒らせた!

「ごめんなさい、いえ、あの、意外だっただけで、別に童貞は悪く無いです」

ことさら小さな声でいった、周囲で誰が聞いてるとも限らない。

「あの、本はください」
「こういうものに興味が?」

いって、もう笑顔になって本を渡してくれる、うわ、重たい! 私は慌てて両手で支えた。

「最近読んでるマンガで出てきた服が可愛いなと思ったんです。『アナと雪の女王』で出てきたのと同じだと思ったら違うらしくて、西洋の民族衣装のドレスにもいろいろあるんだと知って、ちょっと調べたくなって」
「そうなんだ」

真さんは頷いて、私の頬を両手で包み込んだ。私は両手が塞がった状態なので素直に上向きにされた。そして近づく真さんの顔、ああ、綺麗だななんて見惚れてしまって、はたと気付く。これはキスだ、ああ、待って、こんなとこでキスなんて、ああ、ちょっと駄目だってば、さっきもしたばっかなのに、駄目だよ、みんな、見てる、図書館ではありえないざわめきが聞こえる──でも私は目を閉じていた、そして触れる柔らかくて温かい唇、それだけで脳が沸騰しそうになる。

キスの仕方なんて知らない、それがうまいかどうかなんて判らない、でも気持ちがいいのは確かだ、ずっとこうしていたいと思うほど──でもほんの数秒で、真さんは啄むように音を立てて離れていく。

途端にため息が出た、急激に全身に血が回るのを感じる、頭がくらくらして、腰がくだけそうに──真さんに支えられて倒れずに済んだ。

真さんは目の前で微笑む。

「まだまだ練習がいるね、付き合ってよね」

へ……キスの練習ですか? 不要ですよ、大体こんなのの練習に付き合ったら死んじゃいます!
真さんに抱き締められたまま机に向かう、そこには既に真さんの鞄が置いてあった。

「僕も探してくれるから、ここで待ってて」

はい、と答えたけれど、まったく声にはならなかった。
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