この恋は突然に… 〜エリート外交官に見初められて〜
食堂の襖を開ける。
今日のメニューはご飯、卵と木耳のスープ、餃子、春巻き、焼売だった。
「おー、中華だー」
瑠璃は興奮気味に座布団に正座する。
「中華は俺も久しぶりに食べるなー」
孝太郎も瑠璃の正面に腰を下ろす。
「そうなんだ。冷めないうちに食べちゃお。いただきまーす」
瑠璃は手を合わせる。
「うん、美味しい〜」
「ああ、上手いな」
「今度教えてもらおっと」
2人は料理を堪能したあと孝太郎の部屋へ向かった。

「今日もお疲れ様」
瑠璃は孝太郎の部屋へ着くと抱きしめられる。
「うん、孝太郎さんもお疲れ様」
瑠璃も孝太郎の身体に腕を回す。
「今日も仕事が残ってるんだ。先に風呂に入って休んでてくれ」
「うん、わかった」
というと孝太郎は瑠璃を抱きしめていた腕を離し、パソコンの電源を入れる。
瑠璃は浴室へ行き、お風呂の栓を閉めた。
そしてお風呂を沸かすスイッチを押した。

布団がめくれて、瑠璃は目を覚ます。
「いつも起こしちゃってごめんな」
「ううん。大丈夫」
瑠璃は孝太郎に抱きしめられる。
瑠璃も孝太郎に抱きしめれると落ち着くようになってきた。
「今日はこのまま寝ようか」
孝太郎は瑠璃の頭を優しく撫でる。
「うん。そうだね…」
こうやって撫でられると段々眠くなってくる。
「おやすみ」
孝太郎は瑠璃にキスをすると満足そうに目を閉じた。

襖をノックする音が聞こえる。
「瑠璃様〜、孝太郎様〜、おはようございます」
「おはようございます」
「おはよう」
「本日も朝食が出来上がっておりますので、召し上がっていってくださいませ」
「さてと、それじゃあ準備するか」
「そうだね」
瑠璃たちは朝の準備を始めた。

「それじゃあ終わったら連絡してくれ」
「わかった。今日もありがとうね」

「ごきげんよぉ〜、じゃなかった。おはようございますぅ〜」
「お、おはようございます」
姫華は笑顔で瑠璃を歓迎してくれた。
相変わらず姫華がいるこの状況に慣れない。
「おはようございます。浅田さん」
「ああ、野村さんもおはようございます」
野村はいつものように澄まし顔で姫華の隣に座っていた。
「おお、浅田、おはよう。そうだちょっと話があるんだがいいか?」
渡辺は真面目な顔をして瑠璃に話しかける。
「あ、はい。なんでしょうか」
「まあここで話すのもなんだから」
と、診察室へ瑠璃を招く。

「それで話ってなんでしょうか?」
渡辺は診察室の椅子に腰をかける。
「浅田の寿退社のことなんだが、本当にいつでもいいからな。姫華ちゃんはともかく、野村さんなら安心して後任を任せられるから」
「はい。来週辺りを予定してます」
「そうか、なら送別会しないとな」
「そんな大袈裟ですって」
「いやー、でも浅田が寿退社かー。あの頃の浅田からは想像がつかない」
渡辺がニヤニヤとこちらを見てくる。
瑠璃が入社した当初はミスも多く、毎日のように怒られていた。
「ミスをすることが無くなったと思ったら、寿退社するなんてなー」
「医院長には本当にお世話になりました」
毎週のように「もう仕事辞めます」と弱音を吐いていたものだ。
「とにかくおめでたい事だ。幸せになれよ」
「はい!」
瑠璃は診察室を後にすると、更衣室へ向かった。

そして瑠璃が退社する日がやってきた-
今日は姫華は大学のため、野村も出勤しておらず、顔馴染みのあるメンバーのみでの送別会となった。
「浅田さん、おめでとう」
瑠璃は職場の先輩から花束を受け取る。
「こんな素敵な花束…ありがとうございます」
瑠璃は目に涙を浮かべる。
「浅田さん、幸せになってね」
「なにかあったらいつでも相談してね」
「はい!」
瑠璃は涙を我慢しながら、元気よく返事をする。
「浅田、これは皆からだ」
ピンクのラッピングがしてある袋を受け取る。
「プレゼントまでありがとうございます」
「戻ってきたとしても温かく歓迎するからな」
渡辺がいたずらっ子のような笑みを浮かべて言う。
「ちょっと〜医院長。何言うんですか!そんなことならないですって。ねぇ、浅田さん」
「は、はい…」
(ならないといいな…)
「まあとにかくだ。今までご苦労さま。元気でな」
「医院長こそ、本当にありがとうございました」
こうして瑠璃の送別会は囁かに行われた。

外で待っていると、孝太郎が運転する車がやってきた。
「ありがとう〜」
瑠璃は片手でなんとか助手席のドアを開けると、孝太郎が花束とプレゼントを後部座席に置いてくれた。
「今日までお疲れ様」
「うん、でもまだ仕事辞めたって実感がないや〜」
5年間、お世話になった職場だ。
明日からでもいつもと同じ時間に起きて、準備を始めてしまいそうだった。
「退社記念と言ったらなんだけど、今まででやってみたかったことってなにかないか」
「やってみたかったことか〜」
「なんでもいい。どんな些細なことだっていいよ」
「じゃあネイルやってみたいなー」
今までは職業柄できなかった。
いつもOLの春香がやっているのをみて、密かに羨ましがっていた。
「いいんじゃないか。ネイル。爪先が可愛いとモチベーションも上がりそうだしな」
「そうそう!」
「あと他にやって見たいことは?」
「うーん、私すごい癖字だからそれを直したい」
「癖字を直すっていうとあれか、ボールペン字講座みたいなやつか」
「うん、やってみたいなーって」
「じゃあそれも候補に入れよう。他には?」
「あとは、直すついでに歯並びも直したいなーって」
そんなにガタガタではないが、歯並びが綺麗になると横顔や口元も綺麗になると言うのを聞いて密かに興味があった。
矯正はお金も時間もかかるし、やるなら今ではないだろうか。
「なるほどね」
「なんか大学デビューする大学生みたいなことばっか言っちゃったけど…」
もっとこう、大人の女性らしいことを言えばよかったと少し後悔する。
「それも含めて今までやりたかったことだろう。全然いいよ。早速明日からやろう」
「え?明日から」
瑠璃は孝太郎を見る。
「瑠璃はどこかネイルサロンと歯医者の予約しておいてくれ。ボールペン字講座は知り合いがいるから、その人に来させるよ」
「う、うん。わかった」
ネイルに歯列矯正にボールペン字講座、全部で幾らかかることになるだろうか。
瑠璃は頭の中で簡単に計算し始める。
(えっと、確かネイルが2、3万ぐらいで、歯列矯正が100万ぐらいかな。ボールペン字講座はいくらぐらいなんだろう)
「あ、ボールペン字講座ってお月謝いくらくらいかわかる?」
「ああ、そんなの全部俺が出すよ」
「え?」
「ネイルも歯列矯正もボールペン字講座も全部俺が出すから、気にしないでくれ」
「いやいや、そういうわけには…」
「今まで頑張って働いてきたんだから。これくらいは払わせてくれ」
「これくらいはって額じゃないんだけど…」
明らかに100万は超えている。
「じゃあ、妻になる人がやりたいって言ってることなんだ。俺に払わせてくれ」
「孝太郎さん…」
「とにかく、金額とか気にしないでいいから。全力で楽しんでくれ。他にやりたいことは?」
「えっとねぇ…」
瑠璃は夢物語だと思っていたことを孝太郎に話す。
孝太郎はどんなことにでも「うん、いいね」と言ってくれて明日から色々始まる予感がする。
「お帰りなさいませ」
高橋が出迎える。
「ただいま帰りました」
「ただいま」
明日から、こうして出迎えるのも瑠璃の仕事になるだろう。
「瑠璃様、今までお疲れ様でございました。本日はすき焼きでございますよ」
「ありがとうございます。え!ホントですか!楽しみです!」
「それじゃあ行こうか」
孝太郎は瑠璃の腰に手を回し、歩き始めた。

食堂の襖を開けるとそこには新鮮な野菜がたっぷりのったお皿。
その隣には桐の箱に入ったお肉は見るからに美味しそうで、瑠璃の食欲を煽った。
「うわー、美味しそうなお肉。こんなの食べれるなんて幸せ」
「沢山食べてくれ。しかしこれは高橋さん奮発したなー」
「ありがとう。いただきまーす」
瑠璃は手を合わせる。
そしてお肉や葱など具材を鍋へと入れる。
「すき焼きなんて久しぶりだなー」
「俺もだよ。いつ食べてもテンション上がるよな」
孝太郎も珍しく嬉しそうだった。
「わかるわかる〜」
「だよな〜。お、そろそろ食べ頃じゃないか」
「そうだね〜」
瑠璃は孝太郎のお椀にも具材をのせると
「じゃあ改めていただきまーす。うん、美味しい〜」
「ああ、上手いな。卵もいいのを使っている」
こうして2人はみるみるうちにたいらげていった。

「あー美味しかった〜」
瑠璃は満足そうにお腹を摩る。
「喜んでもらってなによりだよ」
そんな瑠璃の様子を見た孝太郎もご満悦だった。
「それじゃあ部屋に戻ろうか」
「うん」

「今日も仕事が残ってるんだ。テレビでも見てゆっくりしててくれ」
「わかった」
瑠璃は浴室へ行き、浴槽の栓を閉め、お風呂を沸かすスイッチを押した。
部屋に戻りテレビをつけると、これと言って面白ろそうな番組がやってなかった。
なので歯列矯正やネイルサロンについて調べ始めた。

「あ〜明日から本当に何しようかな〜」
浴槽の中でそんなことを呟く。
まだ結婚はしてないが、実質専業主婦になったようなものだ。
孝太郎に言われた通り、しっかりと家庭を守っていきたい。
それと同時に習い事をして自分を高めていきたい。
さっき調べてみたところ良さげな歯医者とネイルサロンが見つかったので、早速ウェブ予約をした。
「よし!頑張ろう!」
瑠璃は両手で自分の頬を叩くと浴室を後にした。

「上がったよ〜」
瑠璃はパソコンに向かっていた孝太郎に声をかける。
「おお、瑠璃」
孝太郎が椅子から立ち上がり、瑠璃を抱きしめる。
「今日もいい匂いだな」
「そ、そうかな」
自分じゃわからなかった。
「早く髪の毛乾かしておいで」
孝太郎は瑠璃を抱きしめるのやめる。
「うん」
瑠璃は洗面所へ向かい、夜のルーティンを終えると先に布団に入った。

「ん…」
布団がめくれて、目を覚ます。
「瑠璃…」
孝太郎にキスをされ、頭を撫でられる。
「どうしたの…?」
いつもよりも声が艶っぽい。
「いや、なんでもない…ただ瑠璃に触れてたいんだ…」
「私も…」
瑠璃は孝太郎に抱きつく。
「してもいいか?」
「うん…」
孝太郎は瑠璃にキスをする。
唇を割って舌が入ってくる。
2人の夜はいつも通りに終わった。

今日は襖をノックする音を聞く前に目が覚めた。
今日からは早く起きて準備しなくてもいいのに。
習慣とは怖いものだ。
だが相変わらず、孝太郎の腕の中で寝ている自分にほっとする。
しばらくすると襖をノックする音が聞こえてきた。
「瑠璃様〜、孝太郎様〜」
高橋が呼びかける。
「起きてるよ」
「起きてます」
「了解致しました。朝食召し上がってくださいませ」
「おはよう。瑠璃」
「おはよう」
「今日から目いっぱい楽しんでくれ」
「うん!」
瑠璃は布団から出ると、大きく伸びをする。
今日の予定は午前中はネイルサロンと歯医者、お昼をここで食べてからはボールペン字講座の先生が来ることになっていた。
午後の空いた時間は、高橋と共に家事でもすればいいだろう。
髪をとかしながらそんなことを考えてると、頭にキスをされる。
「それじゃあ、俺は行ってくるよ」
準備を済ませた孝太郎が言う。
「え、もう準備終わったの?」
「ああ。瑠璃、大丈夫か?やけにぼーっとしてる気がするぞ」
「だ、大丈夫。気をつけて行ってきてね」
「ああ」
孝太郎は今度は瑠璃の唇にキスをして、部屋を後にした。
「私も浮かれてないで早く準備しちゃわないと!」

そうして1ヶ月後-
孝太郎からの誘いで、瑠璃は久しぶりに孝太郎の車に乗っていた。
「今日はちょっと寄りたい場所があるんだ」
早口でそう告げるとアクセルを踏む。
「寄りたい場所?」
「ああ、大事な話があるんだ」
とだけ言うと、孝太郎はハンドルを回す。
(どこに行くんだろう…。大事な話ってなんだろう…。)

「キレー」
100万ドルの夜景と言っても差し支えないほどの眩い景色が一望できた。
「今日が雨じゃなくて良かった」
孝太郎は瑠璃の肩に腕を回す。
「…」
「…」
暫く沈黙が続いた。
「それで大事な話って?」
瑠璃が沈黙を断ち切る。
「ああ、そうだったな」
孝太郎は瑠璃に回していた腕をポケットに移動させると
「というわけで瑠璃、改めてだが結婚してください」
孝太郎は指輪をこちらに差し出し、跪く。
瑠璃の答えは決まっていた。
「ごめんなさい」
瑠璃は勢いよく頭を下げる。
まだ指輪は貰えなかった。
家の事、習い事などどれもこれも中途半端で、これじゃあ家を守るなんてこと出来やしない。
「ごめんなさい。気持ちは凄く嬉しいのだけど、まだ待って。もっと孝太郎さんに相応しい女性になりたいの」
「…わかった…瑠璃がそういうのなら…待つよ」
孝太郎は跪くのをやめて、指輪の入った箱をしまった。

そして数ヶ月後-
この数ヶ月で色々あった。
春香はマッチングアプリで知り合った男性と意気投合し、来月から同棲を始めるらしい。
毎日届く惚気メールは、読んでるこっちまで幸せになるような内容だった。
早乙女姫華は金汰壱魔琴と電撃授かり婚をした。
姫華いわく、初めて会った時から運命を感じていたそうだ。
バイトと大学は辞めて家庭に専念するらしい。
瑠璃はというと大体の料理はレシピを見なくても作れるようになった。
毎日屋敷中の掃除をして、合間にこなすようになってきた生け花や茶道や着物の着付け、英語にフランス語などの習い事は人並み以上に出来るようになった。
そしてなにより週に1度のエステが瑠璃にとっては極上の癒しの時間になっていた。
「少しは孝太郎さんに相応しい女性になれたかな」
鏡の前で問いかける。
今の姿は自分で見ても垢抜けたと感じる。
以前、春香と会った時には「別人みたい!どんどん綺麗なっていくよね!」と驚かれたものだ。
毎日のように孝太郎に愛されて、好きなことを好きなだけできて、瑠璃は未だかつて無いほど幸せの中にいた。
と、襖がノックされる。
「はい」
「失礼します。瑠璃様、ちょっとよろしいでしょうか?」
「はい、高橋さん。なんでしょうか」
「本日の晩御飯のご相談なのですが、何を作りましょうか?」
最近の調理は瑠璃と高橋の2人で行っている。
瑠璃はネイルをしているので、調理用の手袋をはめて主に食材を切ったり、炒めたりと高橋のサポートをすることが多かった。
「うーん、そうですね…孝太郎さんに聞いてみます」
瑠璃はスマホを取りだし孝太郎へ「お疲れ様です。夕飯は何が食べたいですか?」とメールをした。
「それでは返信が来るまでの間、隣室のお掃除済ませちゃいましょうか」
「そうですね。まだその部屋は掃除してなかったですもんね」
高橋の提案に瑠璃ものる。
部屋の掃除といっても孝太郎の部屋以外殆ど使われていないため、汚れておらず掃除機をかけたり、窓を拭いたりと簡単に済むことだった。
「では私は先に隣室へ向かいますので、瑠璃様も準備が出来次第いらして下さいませ」
「わかりました」
瑠璃は着替えを済ませ、髪の毛を纏めると隣室へ向かった。

「お待たせしましたー」
「あら瑠璃様、それでは掃除機の方をかけちゃってください。私は窓を拭きますので」
「わかりました」
瑠璃は掃除機のスイッチを入れる。
(孝太郎さんからの返信まだかなー)
今日は何が食べたいと言われるだろうか。
そのリクエストに答えて料理を作るのが格別に楽しかった。
料理を作ると言っても補助的なことしかできないが、それでも高橋は瑠璃のサポートに大変助かっているらしく、孝太郎からもそれでいいと言われていた。
ポケットに入っていたスマホが震える。
「あ、孝太郎さんから返信きた」
瑠璃は掃除機をかけるのをやめて、スマホを確認する。
「ロールキャベツとビーフシチューが食べたい」
どちらも孝太郎の大好物だった。
しかしどちらも作るのに手間がかかる料理でもあった。
「高橋さん、今孝太郎さんから返信きてロールキャベツとビーフシチューが食べたいそうです」
「まあまあ、かしこまりました。ではお掃除はこの辺で切り上げて、お料理作っちゃいましょうか」
「はい」
瑠璃たちはキッチンへ向かった。

「それでは作っちゃいましょうか」
「何をしたらいいですか?」
「うーん、そうですね。ではキャベツの芯を取り除いて下さいませ」
「わかりました」
「それが終わったら人参と玉ねぎも切り刻んで下さいね」
「はい」
瑠璃は早速手を洗い、調理用の手袋をはめて調理を始める。

孝太郎の車が駐車場に停り、降りてくる。
「おかえりなさい」
「おかえりなさいませ」
孝太郎が出てくると同時に声をかける。
「ああ、瑠璃、高橋さんもただいま」
孝太郎はにこやかな笑みを浮かべる。
「今日はリクエスト通り、ロールキャベツとビーフシチューだよ」
「そうか。いつも作ってくれてありがとう。早速いただくよ」
「それじゃあ食堂へ行こっか」
「そうだな」
孝太郎は瑠璃の腰に手を回して歩き出した。

「うん。美味いな」
「良かった〜」
本日作ったビーフシチューとロールキャベツはどちらも好評だった。
「高橋さんのおかげだよ。私1人じゃこんなの作れないもん」
「いやいや、瑠璃も作れるだろ。今度1人で作ってみてくれ」
「うーん、できるか分からないけどやってみる」
「瑠璃ならできるよ」
「うん!ありがとう」
「そうだ、明日俺が帰ってきてから出かけないか?」
「え、うん。いいよ。どこ行くの?」
「それは秘密だ。それじゃあご馳走様でした」
孝太郎は手を合わせる。
お皿を見るとどちらも綺麗にたいらげてあった。
「はーい。それじゃあ片付けちゃうね」
瑠璃はお皿を持つとキッチンへ向かった。

「あ、高橋さんお疲れ様です」
「瑠璃様こそお疲れ様でございます。孝太郎様は完食されたのですね。何よりです」
高橋は空になったお皿を見て、満足そうに笑う。
「美味しいって言ってましたよ」
瑠璃はお皿を流しに置くと、調理用の手袋をはめて食器を洗う。
「高橋さん、後はやっておくので今日はもう上がってください」
「わかりました。それでまた明日」
「はい、また明日」
高橋はぺこりと頭を下げ、キッチンをあとにする。

食器を洗い終えた瑠璃は、孝太郎の部屋の襖をノックする。
「どうぞ」
声が聞こえたので襖を開けると、孝太郎はパソコンと資料を眺めていた。
「お風呂もう入っちゃった?」
「いやまだだ。先に入っててくれ」
「うん。わかった」
瑠璃は浴室へ向かった。
今日は浴室を浴槽や、窓までピカピカに掃除をしたばかりだった。
綺麗な浴室だとやはり気分がいい。
(掃除した甲斐があるな)
瑠璃は満足げに浴槽の栓を閉めると、お風呂を沸かすスイッチを押した。

孝太郎の部屋に戻ると、相変わらず孝太郎は残りの仕事をしていた。
なので瑠璃はお風呂が沸くまでの間、テレビを見ることにした。
テレビをつけると早乙女姫華と金汰壱魔琴が並んで座っていた。
「姫華もぉ〜まさか妊娠してるとは思ってなくってぇ〜。ちょっと風邪っぽいなぁ〜って感じでしたぁ〜」
「風邪薬を飲まなくてよかったよ」
魔琴が心配そうに姫華を見つめる。
「また早乙女姫華出てるよ…」
瑠璃は呆れ気味にテレビを見る。
今日の姫華の服装は、淡い紫陽花が美しい着物を着ていた。
着物を着ているためお腹が膨らんでるのがわかりにくいが、確かに膨らんでいた。
「お父様はぁ〜結婚に反対気味だったんですけどぉ〜。結局ぅ〜孫の顔を見るのが楽しみならしくってぇ〜」
と姫華はお腹を摩る。
「僕もどんな風に怒鳴られるかとドキドキしてたのですが、丸く納まって良かったです」
「まぁ〜?仮に反対されたとしてもぉ〜、そんなの無視しかないですわぁ〜。私たちはぁ〜うんめぇ〜の赤い糸で結ばれてるんですからぁ〜」
「はは。そうだね姫ちゃん」
と魔琴が姫華の手を握る。
「うわ…テレビで放送されるのによくそんなこと言えるな…」
瑠璃は苦い顔をしてお茶を飲む。
(でも運命の赤い糸か…)
孝太郎とは、きちんと結ばれてるのだろうか。
1回プロポーズを断ってから、孝太郎の様子は変わらなかった。
今では孝太郎に釣り合う女性になれたと自覚していたが、まだ足りないのかもしれない。
(それとも結婚する気がないのかな…)
以前、結婚願望がないと言っていたことを思い出す。
もしかすると-
「瑠璃?風呂沸いたぞ。」
「え?あ…うん。入ってきちゃうね」
瑠璃は我に返ると、テレビのスイッチを消して入浴するための準備を始めた。

布団がめくれた気がして瑠璃は目を覚ます。
「いつも起こしちゃってごめんな」
申し訳なさそうに孝太郎が布団の中に入ってくる。
「ううん、大丈夫」
孝太郎は瑠璃を抱きしめる。
「相変わらず、瑠璃を抱きしめてると落ち着くよ」
「そうなの?ならよかった」
「ずっとこうしていたい…」
「私も」
瑠璃は孝太郎を抱きしめる力を強める。
孝太郎の方も更に強く抱き締めてきた。
「おやすみ、瑠璃」
孝太郎は瑠璃のおでこにキスをする。
「うん。おやすみなさい」

朝。
「おはようございます。高橋さん」
「おはようございます。瑠璃様。早速朝食を作っちゃいましょうか」
「はい」
瑠璃は仕事を辞めてから、孝太郎よりも早く起きて朝食を作るのが日課になっていた。
「それでは瑠璃様はお味噌汁をお願いします。私はおかずを作ってしまいますので」
「わかりました」
2人はテキパキと料理を作り始める。
最初は高橋に付きっきりで教えて貰っていたが、今では1人でこなせるようになった。
(今日はお麩の味噌汁にしようかな)
瑠璃は調理用の手袋をはめると、葱を切り刻む。
今日のメニューはご飯、お麩の味噌汁、だし巻き玉子、鯵の南蛮漬け、豚肉と蓮根の炒め物、小鉢には胡瓜の漬物。
味噌汁ができた頃には、もう高橋は鯵の南蛮漬けと豚肉と蓮根の炒め物が出来上がっていた。
「高橋さんありがとうございます。それじゃあ私はだし巻き玉子作っちゃいますね」
「了解しました。よろしくお願いします」
瑠璃は長方形のフライパンを取り出すと、卵を割り、慣れた手つきでだし巻き玉子を作り始める。

「うん。美味いな」
孝太郎は満足気にだし巻き玉子を食べる。
「よかった〜。お味噌汁も飲んでみて」
「ああ」
孝太郎は味噌汁を1口飲む。
「これも美味しいよ」
「うん!」
ご満悦な孝太郎の姿を見ると瑠璃まで嬉しくなった。
「いつもこんな美味いもの食べれて幸せだよ。ありがとうな」
「そんな…私は高橋さんのサポートをしているだけで、何にもしてないって」
「そんなことはないだろう。あ、今日は夕飯は作らなくて大丈夫だからな」
「ってことは、どこか食べに行くの?」
「ああ」
孝太郎はお茶を1口飲む。
「久しぶりの外食だね〜。楽しみだな〜」
「そうだな。さてっと、ご馳走様でした」
孝太郎は両手を合わせる。
「今日も完食してくれてありがとう」
瑠璃は食器を片付け始める。
「それじゃあ行ってくるよ」
孝太郎は瑠璃の頬にキスをする。
「うん。行ってらっしゃい。頑張ってね」
孝太郎は部屋を後にする。
「さてっと」
今日の予定は午前中は歯列矯正の調整、午後はエステと、孝太郎と外食だった。
午後の空いた時間に部屋の掃除など、家事をこなしていく。
瑠璃も空のお皿を持って、キッチンへ向かった。

「おかえりなさい」
「おかえりなさいませ」
瑠璃と高橋は帰ってきた孝太郎を出迎える。
「ただいま」
「今日はこのあと出かけるんだよね」
「ああ、だから車に乗ってくれ。遅くなるから高橋さんはもう帰ってくれ」
「かしこまりました。それでは私はこれで」
「お疲れ様でした。明日もよろしくお願いしますね」
「もちろんです」
高橋は一礼すると帰る準備を始める。
「俺達も出かけるとするか」
孝太郎が運転する車が発車する。

「ここだ」
と孝太郎の運転する車が止まったのは、以前も源十郎や孝太郎と来たことがあるレストランだった。
「わあー、またここで食事?楽しみ〜」
「そうだな。ここでの久しぶりだな」
「だねー」
「ああ、とりあえず降りようか」
瑠璃と孝太郎は車から降りる。

レストランのドアを開けると
「いらっしゃいませ」
「予約した藤堂ですが」
孝太郎はウェートレスに話しかける
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
と言って案内されたのはエレベーターだった。
(エレベーターに乗って上の階へ行くのかな)

「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」
エレベーターの中にいた、エレベーターガールは深々と頭を下げる。
「それではよろしくお願いします」
孝太郎はエレベーターガールに告げる。
「かしこまりました」
エレベーターガールは屋上のボタンを押した。

「わあ、すごい…」
屋上へきた瑠璃たちを待っていたのは、ヘリコプターだった。
「もしかしてこれに乗るの?」
「ああ、乗るのは初めてか?」
「うん!」
「瑠璃は高いところは平気だもんな。それじゃあ乗ろうか」
瑠璃たちはヘリコプターへ近づく。
と、プロペラが回り出した。
「うわ、すごい風」
「飛ばされないような」
孝太郎は瑠璃の手を握る。
「藤堂様ですね。本日はよろしくお願い致します」
ヘリコプターの運転手が明るく挨拶をする。
「こちらこそよろしくお願いします。さあ瑠璃、奥の席に乗って」
「わかった」
瑠璃は奥の席に、孝太郎はその隣に座る。
2人が座ったのを確認すると、
「それでは出発しますね」
ヘリコプターが動き出した。
「凄い凄い!動き出したよ」
瑠璃は目をキラキラさせてはしゃぐ。
「そうだな。晴れてくれてよかったよ」
孝太郎は瑠璃の頭を撫でる。
ヘリコプターから見える夜景は、以前に見た夜景とは違った良さがあった。
「瑠璃…」
孝太郎は瑠璃にキスをする。
そしてポケットをゴソゴソとすると
「瑠璃、改めてだが結婚してください」
「私でよければもちろん!」
瑠璃は泣きながら、孝太郎に抱きつく。
ここまで来るのに長かった。
が、断る理由がなかった。
これから先、結婚したから故の苦労が沢山あるだろう。
だが孝太郎となら、そんな苦労も乗り越えられる。
どんなことも笑顔で解決できる。
そんな自信しか瑠璃にはなかった。
そのために1回目のプロポーズを断り、積み上げてきたものが瑠璃にはある。
満天の星たちも瑠璃たちを祝福していた。
< 6 / 6 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:13

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

Princess Floria

総文字数/1,685

恋愛(ラブコメ)1ページ

第5回ベリーズカフェファンタジー小説大賞エントリー中

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop