Hello,僕の初恋
私が私らしくいられる場所なんて、存在しないと思っていた。
もっと言うなら、ロックンロールが私の人生に与える影響なんて、ほんの一ミリもないと思っていた。
うちの西の隅にあるおじいちゃんの音楽部屋で、丁寧に磨かれた楽器の側面が、ほんの一瞬虹色に光った時。
ほのかな光を見たその数秒間でさえ、自分には関係のないことだと信じきっていた。
私は大きな勘違いをしていた。
『ノンは感性が豊かだから、きっと素敵な子になるよ』
おじいちゃんの皺のある手が、まだほんの七つだった私のくせっ毛を撫でたあの時から。
私は世界にたったひとりの私で、明るい光に包まれていたんだ。
今なら分かるよ。
それは半分きみのおかげで、半分自分のおかげ。
「花音ちゃん、大好きだよ」
あの日きみは世界でいちばん綺麗な景色をくれて、いちばんの恋をつれてきた。
私のだいじな初めての恋。
スタンドバイミーが鳴りやんで、ノゾムくんと目が合った。
顔が近づいて、彼のかさついた指がそっと唇に触れる。
目を閉じれば、小さなぬくもりがそっと降ってきた。
触れ合った衝撃でベースの弦が震えて、ヴォンと音が鳴る。
目を開くとノゾムくんは真っ赤で、私もきっと真っ赤で。
なんだか照れくさくって、ふたりで笑った。
窓の向こうでは青空を背景に、桜の花びらが舞っている。
ノゾムくんの膝の上で、リッケンバッカーが揺れた。
ねえノゾムくん。私これからも、前を向いて歩けそうだよ。
しっかり前を向くから、隣に立っているからね。
青い春の空の下で聴いた音は、世界でいちばん綺麗だった。