粉雪小夜曲
そして再び夜。
月明かりが輝く時間。
今夜も女神は美しい夜空姿で世界を包み込んでいる。
胡桃が目を開くと、街を見下ろせる小高い丘に身を置いていた。
「きれいだなあ……」
感嘆の声をもらし夜景にみとれていると、逞しい腕が伸びて肩を抱き寄せられた。
例の影の男だった。
彼の腕に目をやると、麻紐でできた青基調の腕輪だけが明確に見える。
「腕輪だけは、見えるんだよね」
胡桃も左腕を差し出した。
訊けば彼は、職場の同僚に面白半分に付けられたらしい。
『不思議だな。きみの姿はわからないが……』
胡桃は男が黒い人型に見えているが、男からは自分は黒いシルエット姿で見えているようだ。
『良かったと思っているよ。こうして出逢えたからね』
胡桃は顔を赤らめ微笑する。
「わたしも」
胡桃は頷くと、夢が醒めた朝に災難が起きることを伝えた。
他にも日常や仕事……。
月に照らされ話を続ける胡桃の顔が、暗くなった。
男が空を見上げると、月が雲に隠れている。
いつの間にか星の明かりも見えなくなっていた。
『ただ、天気が悪かっただけだ。きみが悪いわけじゃない。太陽が変わるわけじゃないからな』
「いつも優しいね」
胡桃は微笑した。
優しく励ましてくれる、癒しの素敵な夢……。
いつもなら、このタイミングで夜が明けてくるはずだが、今夜は違うようだ。
「初めてかな。お天気が悪くなるなんて」
気温が下がり始めた。
冷たい北風が二人に吹きつけはじめ、胡桃は躰を両腕で抱え身震いする。
上空で咆哮のような風のうなり声が聞こえ、漆黒の空から白い綿のような雪が降り始めた。
「わ、雪!どうりで寒い……」
胡桃が云いかけたその時。
風の妖精を蹴散らすように突風がとつぜん、胡桃にむかい疾走してきた。
「きゃあ!」
驚いて顔を覆うように両腕をあげたとき。
風がまるで狼の牙のように、腕輪を喰いちぎる。
そしてそのまま、咥えたまま走り去ってゆく。
「だめ……!」
くるみは目を覚ました。
ベッドに仰向けに寝たまま腕を伸ばしている。
その腕に、あの腕輪はなかった。