犠牲(仮)
 
 誰かが自己犠牲をして、それが戦いの転換点になり、勝利する。
 自己犠牲をした彼ら、もしくは彼女らは死を悼まれつつ、英雄として崇め称えられる──

 そんなのは結局ご都合主義の物語、創られたストーリーにしかない。
 現実では、誰が自らの命を捨ててまで敵に突っ込んでも、所詮はただの無駄な犠牲に過ぎない。

 それでも、民は美しい自己犠牲を称え、憧れる。夢を、希望を、その行為に見出そうとしているから、信じているから。傍から見れば残酷なまでに、とても無垢に無邪気に。

 中央はそれを利用して、戦をする。たとえそれが、到底勝てない、始めから決まっている負け戦でも。少しでも利益が出るなら、簡単に手を伸ばす。犠牲になるのは、無垢な民だけで、自分たちは優雅に、傲慢に生き続ける。

 ──この国の腫瘍だ。
 中央の奴らは癌だ。惰眠をむさぼるだけむさぼって、甘い汁を啜るだけ啜って、自分たちが危なくなると手のひら返しですぐ逃げる。荒野に放り出された民は、大半がどんどん野垂れ死ぬか、盗賊に殺されるか。
 それでも頑張って復興させ、他国と交流し、どんどん発展させる。それを見計らって奴らがいつの間にかに、軍を率いて戻って来る。“我等こそが本来の統治者である。偽政府よ、中央を無理矢理にでも返してもらうぞ。”…と。

 こんな胸糞悪いことがあるだろうか。だが、これが、これこそがこの世界だ。この世の真理だ。

 そんなことが1つの国で繰り返される。すると、まるで熟しすぎた果実が腐り落ちるように、それがどんな大国だったとしても、内部から腐り、外部の防御力は弱り。そしてやがて、二度と回復不可能なまでに崩壊する。

 
 その光景を、俺は、何度も何度も何度も何度も何度も、気が狂いそうになるほど、何年何十年何百年と、ずっと見届けてきた。

 勿論中には、民を何よりも大切にする善良な国もあった。だがそういう国ほど、強欲な奴らの率いる国の軍によって攻められた。民を守るために自らは戦下に残り、そして残らず皆殺しにされた。
 もう、300年以上昔の話だ。

 
 
 だから俺は、よくある英雄譚が、ひいてはそれを強要し、利用し、自身の利益のみを追う者が…いや、人間全般が嫌いだ。嫌悪していると、そう言ってもいいかもしれない。
 いっそのこと、全員をこの世から消し去ってしまいたいと、そう思うほどなのだから。


 あぁでも、もしかしたら彼は、彼らは違うのかもしれない。

 そんな馬鹿げた考えを、この俺がしてしまうぐらいには気に入っている彼らなら。
 再び、人間を信じてみるのもいいかもしれない。



 彼らを庇って致命傷を負い、今にも死んでしまいそうになっている状況下で、呑気にそう思った。

 どうやら焦っているらしい。
 俺に“何故庇ったのか”と悲痛な声で叫びながら、交代で必死に治癒魔法をかけてくる彼らが視界に映り、唇が歪な弧を描いた。
 





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