籠の中の鳥は今宵も熱い寵愛を受ける【完結】
「あぁ、初めまして。私たちは常盤物産と長いことお世話になっている朝比株式会社の杉並と申します」

 そう言って50代くらいの男性は名刺を私の前に差し出す。会社名はよく知っている。朝比会社とは繊維事業を展開しており国内外で知名度のある企業だ。

その社長をやっているようでなるほど、と納得する。
 彼らが離れるとすぐに和穂さんが私に耳打ちした。

「綺麗だよ、似合ってる」

「…あ、ありがとうございます」

「どう?緊張してる?」

「もちろんです。かなり緊張しています」

「そうか。でも慣れると思うよ。君だってこういう機会たくさんあっただろう」

「ええ、ありましたが…今日は責任感が違います。顔が引き攣っていないか心配なのですが」

 そう言うと和穂さんはぐっと私に顔を近づけてきた。
キスされるのでは、とそんなわけないのに思ってしまい一瞬目を閉じた。

「引き攣ってないよ」
「…」
「この後スピーチがあるからちょっと一人になる時間があるけど、食事でもしていて」
「わかりました」

 ドキドキした胸を抑えるように胸元に手を置き、壇上へ向かう彼の背中を見ていた。
やっぱり私は彼に惹かれている、いや完全に落ちている。

今日改めてしっかり謝らないと、そう思った。彼を傷つけたくはないし、握ってくれた手を離したくない。
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