籠の中の鳥は今宵も熱い寵愛を受ける【完結】
軽く会釈をして挨拶をするとベッドの上で寝ている父親が上半身を起こした。数年会わなかっただけで酷く老けたように思えた。病室という環境も相俟ってか私の知る父よりもずっと小さく見えた。

「…はすみ」
「お父さん、大丈夫なの」
「大丈夫だ。それよりも仕事はどうした」
「大丈夫、今日引っ越しだったから休んでた」
「引っ越し?」
「…あ、まぁ」

 私が来たことで仕事関係の人達は退室していった。

 引っ越しのことを話せばややこしくなると思い黙っていた。それに少し前まで婚約していた一般人がいたなど言えるはずがない。
小さな頃から籠の中で大切にされていた鳥の割には自立できていると自負している。でも、結局は決められた結婚相手と一緒になることを拒否して幸せになると啖呵を切ったくせに振られてしまったのだから…。

「どのくらい入院するの?」
「一週間は最低でも入院するわ。どうせならと入院中に他の検査もしてもらうのよ」
「そう…」

 和服姿の母親は女優のように美人で若く、そして凛としている。
母親はすっと息を吸って私を見据える。

「ところで、今まであなたは何をしていたの?」
「…普通に働いてるよ」
「常盤食品で?」
「うん。辞めてないよ」

そう、と素っ気なく返事をされたが、どこで働いているかは把握しているはずだ。どうしてその質問をしたのだろう。窓際に置かれた色鮮やかな花たちはおそらくお見舞いに訪れた人たちが持ってきたものだろう。
仕事柄様々な人と関わるのを幼少期から見てきた。
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