エリート弁護士は契約妻と愛を交わすまで諦めない
……朔は結婚相手として申し分ない。昨日は萌の結婚式でなんだかんだで独り身の侘しさと惨めさを噛みしめていた。結婚してどうせなら親も喜ばせてあげたい。
だからこそ、迷う。未知の世界に飛び込むには勇気がいるのだ。私は元々慎重派。
一週間で答えが出せる話じゃない!
ひとり悶々と考えているうちに期限の日まであと一日となった。でも、両親に相談できるわけもないし、友達にすらこんな無茶苦茶な話はできない。
どうしようかと部屋で悩んでいても答えは出ない。気分を変えようとリビングに行こうとしたら、階下から母の声が聞こえてくる。
「そうなの。仕事の辞令でこっち戻ってくるのね、愛ちゃんも一緒に」
電話の相手はすぐわかった。弟の秀敏だ。今大阪に赴任中。付き合っている彼女が『愛ちゃん』で去年の年末に連れて帰ってきた。可愛らしい子だった。私は、今よりも体調不良で部屋に篭っていたから、こうして階段の上から愛ちゃんをちらっと盗み見ただけだったけど。
「これを機に結婚するのね!おめでとう」
予想していた展開になった。大阪からわざわざ連れてくるというのだからそうなるのが自然だ。でも、私の手のひらにじとりと嫌な汗が滲み始める。
「挨拶はいつでもいいわよ。柚瑠?最近は体調もいいみたい。あんたは心配しなくていいから」
私の話題になると声を潜める。それにすら、私の心は反応してギリギリと軋み始めるのだ。
『お嬢さん、帰ってきてるの?』
『今のお勤めは?』
『あら、身体を壊して……可哀想に』
『柚ちゃんももう年頃よね?結婚は?』
かつて繰り返された近所の人や親せきの台詞が脳内で反響する。
悔しい。
唇を噛んで、汗をかいた拳を握り締める。
両親がそれを受けて曖昧に笑って流す様を見ているだけしかできなかった。私もカラカラと馬鹿みたいに笑うしかなくて。本当は早くここから出ていきたくて仕方なかった。
……でも、どっちみちいつまでもここにいられるわけではなかったんだな。
弟の秀敏が結婚する。孫ができる。うちの家にも遊びに来る。家族団らんがなされる場所に私は参加できるだろうか。
これ以上みんなに腫れ物扱いされるくらいなら……。
俯いていた顔を上げる。
もう、決めた。ここを出よう。出たら少しは変わるかもしれない。朔に悪意はない、と思うし、何かあったらすぐに契約をなしにすればいい。
何日も悩みに悩んで、断れないのはこの契約が甘い果実であるから。両親は朔に好意的で、本当に結婚話を進めたがっているのが伝わってくる。俯瞰して冷静に見ても悪い話ではない。堂々と大手を振って家を出られる。
私は部屋に戻り、スマホを手に取る。承諾のメッセージを朔に送った。
『わかった。今週末に挨拶に行く』
朔からすぐに返信が来てびっくりしたが、こうなったら引き下がれない。
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