エリート弁護士は契約妻と愛を交わすまで諦めない
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「とりあえず、今後のことをもう一度確認するな」
四人使用のダイニングテーブルで向かい合った朔がA4の紙を一枚私へとスライドさせる。
ここは朔が住んでいる部屋。都心のお洒落で立派なマンションだ。高層ではないけど、庭園スペースが多く、広々とした空間が部屋から見える。エントランスは厳重でコンシェルジュもいて、外部者はなかなか入られない造り。リゾートホテルみたいで、立ち入る時は不審者でもないのにビクビクする。
金曜日の今日、区役所に行き婚姻届けを出した。一応大安を選んだらこの日が最短だった。朔がわざわざ休みを取って、私の引っ越しを手伝ってくれた。夕方頃にふたりで区役所に婚姻届を提出して、帰り道に引っ越し蕎麦を食べて帰宅した。
昼間は両親がいたけど、今はふたりっきり。外にいた時とは違って、密室だと朔相手でも肩に力が入る。
「まず、基本的な誓約事項と禁止事項からな」
「う、うん」
紙を見ながら頷く。この内容は契約が決まった時から私たちが話し合って決めたルールが書かれている。
「基本的に行動などお互いの束縛しない。自由に生活して、俺は柚瑠の生活を保障する。かわりに必要な時に俺のパートナーとして集まりなどに顔出してほしい」
「あの、集まりってパーティーとかだよね?」
「まぁそうだな、うちの会社の付き合いで相手先のパーティーとか結婚式とか招待されることがたまにある。夫婦同伴のほうがいい場合は頼む」
「わかった」
「あとはお互いの部屋以外は自由に使っていいこと」
「うん。あと、家事は私がするから」
仕事をしていないのだから、私が家のことをするのが筋だ。そう思って進言したら、朔は喜ぶわけでもなく、少し思案した後に苦笑する。
「まぁ無理せずできる範囲でいいから。家政婦をしてほしくて来てもらったわけじゃないし、言ったとおり共同生活みたいなもんだから、お互いができることをしていこう」
「う、うん」
これは、私が家事出来ないと思われている。実際、得意ではない。特に料理。レシピを見ながらちまちまと計量して作るということが昔から苦手だった。感覚で作るとさらに惨事。包丁を使うのも危うい手つき。朔は私が不器用丸出しだったのを覚えているのか、母親から細やかに説明されているのか。
でも、朔も下手に世話されたら気遣うのかもな。
お互いを干渉しないということは、線引きをするということだ。食べたいものとか時間とか縛られたくないのかもしれない。
「外出も自由にしたらいいけど、遠出したりする場合は伝えること。行方不明になるのは困る」
「うん」
「あとは……もし、この関係が不利益になる場合、この契約も終わりになるんだが」
「契約が終わる時って……離婚だよね?」
双方同意の上で、円満に離婚できるように務めること。最後の一文はこの契約が終わる時のことが記されている。入籍した初日に話す内容ではないからこそ、お互い苦笑が漏れる。
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