エリート弁護士は契約妻と愛を交わすまで諦めない
「クレジットの請求書が全然来ない。お前、食費とか全部自腹切ってんの?」
「全部じゃないよ。朔だって外食したり、一緒に買い物行ったら払ってくれてるでしょ?私が作る時くらい大した額じゃないから」
「でも、母さんの分も増えてるんだから」
そう言いながら、朔は鞄から黒い二つ折り財布を取り出して、財布を開く。
「とりあえず今財布に入ってる分しかないけど」
差し出してきたのは、一万円札が三枚。私は慌てて両手を振った。
「い、いいよ!」
「よくない。足りない分はまた明日払う」
「でも……」
「俺が出したいんだって。一番食ってるんだから」
「そんな屁理屈みたいな」
「屁理屈じゃない。事実だ」
睨み合う十秒。ここまで来たら朔は折れない。元々頑固だし、相手によって意見を変えない。
「じゃあ、ありがたくいただきます」
私はお札を受け取ると軽く頭を下げる。その際に彼が手に持っていた財布に視線が止まった。
「朔、その財布ちょっと痛んできてるね」
二つ折りの革財布は、角が擦れて破れそうになっている。朔は言われて初めて気づいた様子で私の指さした箇所をまじまじと見つめる。
「ほんとだ。まぁけっこう長く使ってたし、仕方ないな」
「どこのブランド?」
「さぁ?母さんが仕事で行ったイタリアの土産だし、学生の頃だったからどこのか忘れた」
「朔って自分の持ち物こだわりないよね」
「そこまで物に興味ないからな。使えればいい」
「朔らしい」
「お前だって似たようなもんだろ」
「まぁそうだけど」
私もブランド欲はあまりない。あまり高いと使う時に気をつけすぎて、結局安くて実用性のあるものばかり多用してしまう。
私たちは笑い合いながら食卓につく。空白の多かったダイニングテーブルに朔の分の食事が並んで賑やかになる感じ。私の焦げた鮭もおいしそうな照りを放っているように見え始めるから恐ろしい。
「身体は大丈夫?」
「うん、まぁ。こんなに忙しいのもあと少しだしな。柚は仕事どう?」
「私はわからないことまだたくさんあるけど、みんな優しいから助かってる」
「そっか」
朔は綺麗な指で箸を持ち、ごはんを食べていく。
朔……少し痩せた。
じっと観察すると微細な変化がわかる。激務が連日続きとなるとそうなるのも無理はない。見るからに病的な痩せ方ではないにしろ、これから先が少し心配だ。
もっと、栄養のあるもの食べさせないと……。
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