エリート弁護士は契約妻と愛を交わすまで諦めない
明朗と笑う彼女が少し苦しそうだ。さらりと音がしそうなセミロングの髪を耳にかけて、窓から整然と並んだビルを眺める。
「私もね、彼が好きよ。出来ることならずっと一緒にいたいと思ってる」
ティータイムで賑わう店内の喧噪が一瞬遠のいて、その澄んだ声が鮮明に耳に届く。京子さんの声だけど、いつもと違う。母として、社長としての温厚さや威厳ではなく、女性としての淑やかさと恋情が滲んでいる。
「でも、結婚はね……する気がなかったから戸惑ったわ。だって年の差もあるし、彼はもっと若い子を望めるわけよ。子供だって今から授かれるかもしれない。私に縛り付けておくのは可哀想でね。いつか別れようと思っていたのが、居心地がよくてズルズル来てしまった」
別れなくてもと言いかけたのが、喉で止まる。そんな安易に京子さんの考えを否定できない。神崎さんの未来を一番考えているのは、京子さんだ。
「……神崎さんは真剣に考えてました」
「そうね。普段おちゃらけているけど、冗談で結婚しようというタイプではないから」
「いい人です。上司としても」
「ね。私にはもったいないわ。それにこの年でプロポーズされるなんて贅沢な話よ」
「……朔のことが気がかりですか?」
「本当に聡い子ね。あなたは」
「す、すみません」
「謝らなくていいってー。褒めてんのよー」
頭を下げる私に手をヒラヒラさせる。
ホテルでもマンスリーマンションでも住めるのを、わざわざ朔のところへ来たのは意図があってのことだと今ならわかる。
私たちのことが心配だったのもあるだろうけど、神崎さんとのことを朔に話すタイミングを見計らっているのだ。
「朔の父親ね。八年前に他界したの。ガンでね」
「え?そうだったんですか?」
「先が長くないと連絡が来て、朔だけ日本に戻ったわ」
知らなかった。朔の父とあまり会ったことがない。朔が里帰りする時、帰りに迎えに来ていた。それで三度ほど。あとは迎えに来なくなった。少しして京子さんたちが離婚したと知って、朔が祖父母宅に預けられた。寡黙そうで、でも瞳が優しそうな人だった。一目見て朔は父親似だなと思った。
八年前というのは、朔が日本に戻ってきた時期と被る。ただ単に日本の大学に通い始めたとだけしか聞いていない。父の病気と関係していたとは、知らなかった。
「私もね、彼が好きよ。出来ることならずっと一緒にいたいと思ってる」
ティータイムで賑わう店内の喧噪が一瞬遠のいて、その澄んだ声が鮮明に耳に届く。京子さんの声だけど、いつもと違う。母として、社長としての温厚さや威厳ではなく、女性としての淑やかさと恋情が滲んでいる。
「でも、結婚はね……する気がなかったから戸惑ったわ。だって年の差もあるし、彼はもっと若い子を望めるわけよ。子供だって今から授かれるかもしれない。私に縛り付けておくのは可哀想でね。いつか別れようと思っていたのが、居心地がよくてズルズル来てしまった」
別れなくてもと言いかけたのが、喉で止まる。そんな安易に京子さんの考えを否定できない。神崎さんの未来を一番考えているのは、京子さんだ。
「……神崎さんは真剣に考えてました」
「そうね。普段おちゃらけているけど、冗談で結婚しようというタイプではないから」
「いい人です。上司としても」
「ね。私にはもったいないわ。それにこの年でプロポーズされるなんて贅沢な話よ」
「……朔のことが気がかりですか?」
「本当に聡い子ね。あなたは」
「す、すみません」
「謝らなくていいってー。褒めてんのよー」
頭を下げる私に手をヒラヒラさせる。
ホテルでもマンスリーマンションでも住めるのを、わざわざ朔のところへ来たのは意図があってのことだと今ならわかる。
私たちのことが心配だったのもあるだろうけど、神崎さんとのことを朔に話すタイミングを見計らっているのだ。
「朔の父親ね。八年前に他界したの。ガンでね」
「え?そうだったんですか?」
「先が長くないと連絡が来て、朔だけ日本に戻ったわ」
知らなかった。朔の父とあまり会ったことがない。朔が里帰りする時、帰りに迎えに来ていた。それで三度ほど。あとは迎えに来なくなった。少しして京子さんたちが離婚したと知って、朔が祖父母宅に預けられた。寡黙そうで、でも瞳が優しそうな人だった。一目見て朔は父親似だなと思った。
八年前というのは、朔が日本に戻ってきた時期と被る。ただ単に日本の大学に通い始めたとだけしか聞いていない。父の病気と関係していたとは、知らなかった。