エリート弁護士は契約妻と愛を交わすまで諦めない
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「ねぇ、柚瑠聞いてる?」
「え?」
顔を上げれば、萌が怪訝そうに眉根を寄せている。
「さっきからボーッとして大丈夫?」
「あ……ごめん」
そうだ、今は萌の新居にお邪魔してるのに。
昨日の朔とのケンカに気を取られて話も上の空になってしまった。
「工藤とはどう?結婚したって聞いた時はびっくりしちゃった。スピード婚だよねー」
「うん、萌の結婚式で再会してからすぐそうなって……」
まだ半年も経っていないのに、すごく長い間朔といる気がする。それは、朔に対する私の気持ちの大きさを表していて、もうなくてはならない存在として胸の真ん中に鎮座している。
「もしかして、ケンカでもした?」
気まずそうに問いかけてくる萌に私は苦笑いを浮かべた。
「うん、ちょっとね。向こうの気持ちがわからなくなったというか……」
「え、浮気とか!?」
「ううん、そういうのじゃなくて……ちょっと口喧嘩になっただけ」
ちょっとというには、確実に私たちの間に亀裂が入った気がする。もう一度、彼に私のことをどう思っているのか。聞くのが怖くて堪らない。
「工藤はちゃんと柚のこと好きだよ」
私の心を読んだように萌が言うから瞠目する。彼女はなんだかやるせないような、逡巡するような顔で視線を泳がせた。
「萌?」
「私、ずっと黙っていたことがあって」
彼女が絞り出した声は震えていた。苦しそうに白いニットの胸元を握るその手も微かに震えが走っている。
「何?」
私は張り詰める空気に気づかないふりをした。快活な萌がここまで思い詰めているのは見たことがない。葛藤しているのは、どちらかが傷つくことだからというのはすぐにわかった。
「中三の時、工藤がアメリカに行ってから、柚とメールしてたでしょ?」
「うん」
「私、実は昔ね……工藤のこと好きで」
「えっ、そ、そうだったの!?」
思わず素っ頓狂な声が出る。全然知らなかった。というか、今まで気持ちの破片すら感じたことがない。萌はバツが悪そうに目を逸らした。
「うん、まぁ。でも、柚は工藤と幼馴染みで近い存在だったから、なんとなく言えなくて。黙ってた」
「い、いつから?」
「小学生の頃。五年生くらいの時から」
そうなると、けっこう長い間思い続けていたのだ。中学三年生までとしても五年はある。
「中三の夏休み開けの放課後にね、柚が先生に呼ばれて職員室に行った時、携帯が鳴ってさ。メールが来てた。私……携帯の暗証番号とか前にぐうぜん見ちゃって覚えてたからロックを解いて、見た。工藤から『伝えたいことがあるから今夜電話してもいいか?』って。柚のこと心配したり、気遣ったりする内容だったから、何となくわかった。告白する気なんだなって」
「萌」
「私、『もう好きな人ができた。だから連絡してこないで』って柚のふりして返事した。メールも消して、柚が帰ってきても素知らぬ顔してた」
口早く萌が言い放つ。苦しくて、そうしないと息ができないみたいに。
私はというと、まだ信じられないという気持ちが大きかった。私が知らないうちに朔に返信をした。しかも、嘘を。
「柚が『弟みたいなものだから』って周囲に言ってたじゃない?ちょっと希望を持っちゃってた。だから、柚が工藤と噂になっても、いじめられていたからその流れでそういうフリをしているだけだって都合良く思い込んでて、でも、いつの間にかふたりがそういう仲になってた……裏切られたみたいに胸が張り裂けそうだった」
そうだ、私は朔のこと聞かれる度に弟みたいって言ってた。
隣に住む異性の幼馴染のことで、よく同級生からかわれたから、そのたび「弟みたいなもの」と照れ隠しで言っていた。誰かがそれで傷つくことなんて深く考えもせず、羞恥と注目から逃げるために口走っていた。
「だからといって、やっていいことじゃなくて。すごく後悔した。何度も言おうとしたけど、柚に嫌われるのも怖くて。柚のことも大切な友達だったから。柚も工藤の話をしなくなって、いつもどおりの毎日が来て、黙ったままでもいいかなと思い出して……本当に自己中でしかないんだけど。でも、柚がね、半年前メンタルクリニックから出てくるところ見ちゃって」
「え?」
「偶然ね。うちのお母さんから柚が地元に戻ってきてるっていうのも聞いて、仕事辞めたのも知ってた」