客観的恋愛曖昧論〜旅先の出会いは、運命の出会いでした〜
二葉の視線に気付いた男性が、スーツの内ポケットから名刺入れを取り出す。中から出した一枚を二葉に渡した。
受け取った二葉はそれを見るなり卒倒しかける。
『新急グループホールディングス 代表取締役社長 副島譲』
「……ということは……ん? だから何なのかしら……」
譲は二葉の反応を見て笑い出す。
「面白い子だな。じゃあ君に教えてあげよう。俺はね、匠に大学を出たらうちの会社に入るよう言ったんだ。だけどこいつは修行がしたいと別の会社に就職した。だから条件をつけたんだよ」
「条件……ですか」
「なに、簡単なものだよ。五年経ったらうちの会社に入ること。なのにその前に海外に転勤になってしまった。だから戻ったらと条件を変えたのに、それでもまた渋り出した」
匠は気まずそうに下を向いていた。きっと彼の言っていることが正しいのだろう。
譲は二葉に視線を移す。
「急に渋り出した理由、この子なんだろ?」
突然名指しをされ、驚いた二葉は体を震わせる。
「……だって仕方ないじゃないか。好きな子と同じ職場なんて……俺はこの環境を捨てたくない……」
絞り出すように言った匠を見て、譲は吹き出す。
「お前、子供の頃から何も変わらないのな。ほら何だっけ。家族旅行に行く時、お気に入りのクマの人形と離れたくないから行かないってゴネたんだよな! 仕方ないからクマの人形も一緒に連れてってさ」
それを聞いた二葉も横で吹き出す。
「ふ、二葉⁈」
「ご、ごめんなさい……あまりに可愛いというか、確かに今と変わらないなぁと思うとつい……」
譲は匠を見据えると、真剣な眼差しを向ける。
「だが約束は約束だ。猶予は四ヶ月。来年度からはうちで働くこと。それまでに引き継ぎ諸々を終わらせておくように」
「……わかった」