客観的恋愛曖昧論〜旅先の出会いは、運命の出会いでした〜
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最後の札所である水潜寺に着くと、二葉は少し寂しくなった。車を降りても、話す気になれなかった。
それを察したのか、匠は二葉に手を差し出す。その手を取り、二人は初めて手を繋いで歩き始めた。
「秩父ってさ、緑が多いと思わない? 俺、この苔とか葉の色とか匂いがすごく好きなんだ」
「確かに……自然の中を歩いている感じがするかも」
「自然に癒されて、厳かな雰囲気に心が洗われて……だから好きなんだ」
匠は二葉を見つめる。二葉にその言葉の真意はわからなかった。
本堂でお参りをし、最後の御朱印をいただき、納経帳が手元に戻る。お参りを終えた達成感と、これが最後という切なさが同時に押し寄せる。
車のそばまで来ても、匠は二葉の手を離そうとしなかった。
「……本当に駅まででいいの?」
「もちろん。でも逆に遠回りさせちゃうかな……それならここからバスに乗るので……」
「そうじゃなくて。二葉って東京でしょ? 家まで送るよ」
二葉は首を横に振る。彼の優しさが嬉しかったが、それに甘えるわけにはいかなかった。
「旅先での出会いは、旅先で終わらせなきゃ」
匠の悲しそうな顔に胸が痛む。
「私たちは弱って、何かに縋りつきたくてここに来て、お互いを癒やして癒された。でもそれって本当の自分じゃないと思うの。だから、ね? 駅まで送ってもらえたら嬉しいな」
二葉が微笑むと、匠は諦めたように笑顔を向けた。
「……わかったよ。二葉は頑固だもんな」
「二日でだいぶわかった?」
車に乗り込むと、匠はシートベルトをしながら首から下げた輪袈裟を外す。そしてそれを畳むと、二葉に渡した。
「良かったら交換しない?」
その提案は二葉には嬉しかった。何か彼との思い出の品があったら良かったのにと、ずっと考えていたから。