客観的恋愛曖昧論〜旅先の出会いは、運命の出会いでした〜
そんな話をしている間に、隣の席に木之下が戻ってくる。不機嫌そうな顔で椅子に座ると、頭を掻きむしる。
「木之下さん、おはようございます」
「あぁ、おはよう。そうだ、頼んでた資料の打ち込みなんだけど、お昼までにお願い出来る? 午後の会議で必要になっちゃって」
「わかりました」
「木之下さん、めちゃくちゃ不機嫌ですね。そんなに副島さんが戻るの嫌ですか?」
「当たり前だろ……あいつがいると、俺の勝率が下がる……この二年は天国だったなぁ」
副島さんっていうんだ。私が転職してきたのが一年前だから、知らなくて当然か。
その時、周りのざわめきが大きくなる。立っている人の奥を、二人の人間が通過していくのが見えた。
「みんな集まってくれ。イギリスでの仕事を終えて、副島くんが帰国した。今日からまた一緒に働くことになったから、みんなもビシビシ鍛えてもらうように!」
「副島です。馴染みの顔がたくさんいるけど、またよろしくお願いします」
「よし、じゃあ仕事に戻ってくれ」
副島の周りには多くの人集りが出来ているため、二葉は姿を見る事が出来ない。
「すごいでしょ。仕事面で男性支持もあれば、女性人気も高いからね。じゃあ私も戻るね」
「うん」
二葉がパソコンを立ち上げ、資料の確認作業を始めた時だった。
「木之下〜!」
その声が聞こえた途端、木之下の顔が引きつる。彼の隣の席に、その人物が座る音がする。
「久しぶりの再会だろ? 同期なんだし、温かく迎えろよー」
「あー、どちら様でしょうか。俺には同期なんかいません。仕事の邪魔なので話しかけないでくださーい」
「……すごい棒読みなんだけど」
二人のやり取りを聞きながら、相手が先ほどからフロアを賑わせている副島だと確信する。
ちらっと横目で見たが、木之下の背中と被って顔は見えない。まぁ今は急ぎの仕事があるし、これを片付けないと。
「なぁ、今日の昼飯付き合えよ。いろいろ聞きたいことあるし」
「あぁもう! 俺は午後の会議のことで忙しいんだ!」
「じゃあそっちも手伝う? 挨拶回りは昨日済ませてるし」
「……手伝ってくれるのか? お前イギリスに行ってから丸くなったんじゃない? さては女でも……」
「そういう笑えない冗談言うならやめるけど」
「嘘です嘘です! 雲井さん、打ち込み手伝ってくれるって。資料半分渡していいぞ」
「あっ、はいっ」
木之下に言われ、資料に手をかけた時だった。
「雲井さんっていうの?」
「す、すみません! 自己紹介が遅れました。木之下さんの補佐をしてます、雲井二葉です」
お辞儀をして頭を上げた二葉は、目の前の人物を目にして不思議な感覚に陥る。あれ? どこか懐かしいのは何故だろう……。