客観的恋愛曖昧論〜旅先の出会いは、運命の出会いでした〜
そう思って寺を後にしようとした時だった。ちらっと覗いた巡礼用品の店舗の中に彼を発見したのだ。彼は真剣にというより、ぼんやりと何かを手に取り眺めている。
話しかけるなら今かもしれない。二葉は勇気を出して店の扉を開く。
ゆっくりと彼に近寄るが、彼は輪袈裟を手に取り微動だにしない。
「あっ、あのっ……三回目でもまだ何か必要なものってあるんですか?」
二葉が尋ねると、彼は驚いて輪袈裟を床に落とした。二葉はそれを慌てて拾うと、彼に手渡す。
「す、すみません! さっき後ろに並んでいた時に、あなたの納経帳が見えてしまって……」
「……あの大きな声で般若心経を読んでた子? 若いのに、随分スラスラ読むなぁって思ってた」
「家で動画を見ながら練習してますから。何か買われるんですか?」
「うん、まだちゃんと道具までは揃えてないから、輪袈裟をしてまわってみようかな……って、これは新手のナンパか何か?」
そう思われても仕方ないと思っていたけど、いざ言われると戸惑った。
「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃなくて……同じようなタイプの人と話したいって思っただけだったんです。買い物の途中なのにお邪魔しちゃってすみませんでした……」
二葉は急に怖気付いて、その場を去ろうとした。また涙が出そうになる。
今日は彼氏のあんな現場を見て、ずっと泣きながら電車に乗っていたから、どこかフワフワした気分になっていたのかもしれない。
普段の私なら知らない人に声をかけたりしないはずだもの。
扉を開けて外に出ようとした時だった。
「待って」
突然手を掴まれた。振り返ると彼が悲しそうな顔で二葉を見ていた。