「私の為に、死んでくれませんか?」 ~君が私にキスしない理由~
営業日記 2
わやわやする居酒屋の中。緊張でなにも口に入れることができず、私はただ端っこで周りの様子を探るのに必死だった。なんとかこの会社の面接は通ったものの、実際こうして会社の人たちに会うと、何をどう言えばいいのか全く分からなかった。


「お?お前も今回入社した新人?かわいいじゃん。名前なんて言うの?」


ありがたく先に声をかけてくれた背の高い人に、私はぺこりと頭を下げた。


「は、はじめまして!私、営業部に入りました綾月利映と申します!!」

「ああ、良いよ、そうかしこまらなくて。俺は野島武文。俺も営業部」

「あ…先輩ですね。これからよろしくお願いします!」

「いいね、その態度!知らないことあったらなんでも聞きなよ!」


性格良さそうな野島先輩は、私の挨拶を聞いて大きく笑った。おそらく人の面倒をみることが好きなのだろう。
おかげさまで少し緊張はとけたが、それでも完全に気を許すことはできずキョロキョロ周りを見ていると、先輩がまた聞いてきた。


「お前、『この世界』に来てどれくらい?」

「あ…多分…2週間くらいです。先輩はどうですか?」

「俺は1年くらい。俺はこの会社に入るまでに結構かかったのに、お前は偉いな。昔からしっかりしてたの?」

「あ、まあ…そうですかね」


「この世界」というのは「死後の世界」との意味で、結局この質問は「お前、死んでどれくらい?」との意味になる。この世界でその質問をするのは失礼かと思い、わざと避けていたのに。先輩はとても気軽な感じで笑った。本当、性格良いんだね。私はそう思った。


「よし、じゃあ俺がうちの会社のお偉いさんたちを教えてあげよう。会社の人間の顔を覚えるのは会社員の基本だからな!」


そう言って、先輩が私の肩に自分の腕をドンと乗せる。そのまま顔を近づけ、彼が端っこで誰かと話している背の高い女性の方を指した。

「あの人が新人教育担当の伊藤さん。ストイックな性格してるけど、面倒見はいいと思うよ。そして、その隣でワイン飲んでる人が大山さん。経理課の課長やってる。その隣が人事部の部長で、あそこにいるのが…」

きっと私は、生前でも人の名前を覚えるのは苦手だったに違いない。先輩が次々と名前を並べていくけど、どうしても頭の中に入ってこなかった。しかし、せっかく先輩が張り切って色々と教えてくれているのに…と思い、私はまるで全部覚えたかのようにただうなずいた。そして…


「野島!こっちにも新人いるからかまってあげなよ」

「なんだ、人気者は大変だな。…ちょっと待ってよ。又来るから」


ありがたいことに、先輩は誰かに呼ばれ、私から一旦離れた。もう色んな人の名前で頭がパンパンになった私は、一旦頭を冷やすことができそうな場所を探した。お店の中を見回す途中、扉の前に立っているある人が目に入った。
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