「私の為に、死んでくれませんか?」 ~君が私にキスしない理由~


年齢はーおそらく二十代後半、いや、三十代くらいだろうか。とても背が高く、遠くから見ても分かるくらい整った顔だった。誰とも喋らず、ただ手に持っているグラスをゆっくりと口に持っていくだけ。

にぎやかなこの空気とまるで別の空間に存在するような、とても不思議なオーラを出す人だった。私はなにかに取り憑かれたかのように、その人をじっと見続け、そしてー


「……?」


その人と目があった時、私はいつの間にかその人のすぐ前にいた。自分でも気づかないうちに、勝手に足が動いたのだ。あちゃーと自分の行動を後悔してももう遅い。私は気まずさを抱えたまま、なるべく自然に見えるよう、その不思議なオーラの人に声をかけた。


「こん…ばんは。あ、あの…一人でいるのが気になって、つい…」

「……」


相手も思わぬ展開だったのか、私を見て驚いたように目を丸くしていた。そして、近距離で見た彼の顔はやはりとても美形でー私は失礼だと知りながらも、湖のように深いその瞳をじっと見つめてしまった。

(なんだろ、この感覚。なんかおかしいー)

視線と視線がぶつかる中、とても時間がゆっくり流れる。周りの空気が止まったかような感覚に包まれ、私は言葉を続けることができなかった。見つめられる眼差しがとても熱く、どうすれば良いのか分からなくなった頃ー別の声が私達の中に入ってきた。


「ーよ、綾月!どこにいたのかと思えば…うん?」


さっきと同じ調子で私の肩をぽんと叩いた野島先輩は、私の前に立っている人を見て少し驚いた顔になった。先輩はこの人が誰なのか知っているようで、軽く頭を下げる。向こうもその挨拶に慣れている様子で、特になにも言わず首を一回縦に振った。そして私の方へ視線を戻し、初めて声を出した。


「ー君」


さすが、謎のイケメンは声までかっこよかった。いきなり指名され、私は慌てて返事した。


「は、はい?」

「君、私を知っていないか?」
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