「私の為に、死んでくれませんか?」 ~君が私にキスしない理由~
残念ながら、野島先輩がさっき教えてくれた人物リストの中にこの人はいなかった。だってこんな格好いい人、忘れるはずがないから。それとも、なに?もしかして私とここではなく、どこかで会ったとか?私はゆっくり首を横に振った。


「…いいえ。どなたですか?」


そう言った瞬間、ずっと続いていた雑音が一瞬止まる。さっきまでのにぎやかな雰囲気はどこに行ってしまったのか、周りの視線が私に集中する。その顔は全員唖然としていて、どうもこの状況を信じられない、と皆言っているようだった。


「お、お前…!本当にこの方が誰なのか知らないのか?!」


驚いた声で野島先輩が私に聞く。いや、本当に知らないし、知らないことを知っているって嘘を言うわけにも…。どう答えれば良いのか悩む私を、謎の人がじっと見つめる。その眼差しがとても強く、そして魅力的で、私は視線をそらすことができず、ずっと視線を合わせていた。


「おい、新人、この方は…!」

「もう結構。すべての社員が私を知る必要はないだろ」


野島先輩が慌ててこの人の正体を明かそうとしたのに、途中で止められてしまった。まだ緊張の空気が流れる中、ゆっくりとその人が私に手を伸ばす。そして軽く私の肩をポンポン叩いた。


「… きっと、新しい環境に慣れなくて、周りを見る余裕もなかっただろ。大丈夫、なんの問題もない」

「いや、しかし…」

「野島、こういう席だから君もそこまでかしこまらなくて良い。さあ、あっちで一緒に呑もう」

「え?ええ…」


まるで私を困らせたくないかのように、謎の人は先輩を連れさっさと別の席へ行ってしまった。私の隣を通るその短い間、彼と視線がぶつかる。そして私はその瞬間、彼の口角が微妙に上がるのをはっきり見た。


「…?」


その微笑みの意味を聞く間もなく、彼はすぐ別のグループへ混ざり込んだ。その後私も別の人達に声をかけられ、いろんな人と話をすることになったけどーやはり気になる気持ちを抑えられず、時々あの名も知らない謎の人の行動を目で追っていた。
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