「私の為に、死んでくれませんか?」 ~君が私にキスしない理由~
散らかったテーブルの上をじっと見ていた黄泉は、そのまま自分の机に戻った。椅子に腰掛け、なにかをじっくり考えていた彼は、慣れた仕草で机の上のボタンを押した。やがてノックの音がして、藤田が中へ入ってきた。
「さっき綾月さんがすごい勢いで走って行きました。何をしたんですか?」
「なにもしていない。話をしていただけ」
「絶対嘘でしょう。ーで、お呼びですか?」
藤田が呆れたように顔を横に振り、早速要件を聞いた。黄泉は自分のノートパソコンを開き、何かをタイピングしながら命令した。
「綾月利映の報告書を全て私の方へ回せ。そしてこれから彼女が「営業」する対象は私が決める」
「…つまり、これから彼女の全ての行動を監視する、とのことですか?」
その質問に、社長の顔に笑みが浮かび、でもすぐ消える。藤田は自分のスマホを出して今聞かれた内容をそのまま記録した。もちろん、文句を言うのも忘れなかった。
「全く、そんなことしたら嫌われますよ。知ってますよね?これだから社長の恋愛は上手くいかないんです」
「構わない。もうとっくに嫌われている」
「はあ…私はただの社員だし、社長直々のご命令なら従いますけど。執着は程々にしてください。愛想を尽かされて口も利いてくれなくなる前に」
ブツブツ文句を言って、藤田はそのまま部屋を出て行った。黄泉はパソコンの画面に視線をおいたまま、ぼそっとつぶやいた。
「執着じゃない。ただ、失敗したくないだけ」
—そう、失敗したくない。それだけ。
彼が見つめる画面には、「綾月利映」という名前と写真が写っていた。