「私の為に、死んでくれませんか?」 ~君が私にキスしない理由~
営業日記 3
暗い山道の中。聞こえてくるのは草の虫が鳴く音や、遠くのどこかで水が流れる音、そして正体の分からない遠吠え。頼れるものはフラッシュライトとタブレットの光のみ。
私はプルプル震えながら、この場所には全く似合わないスーツの格好でどんどん深い森の奥へ入って行った。そして私と似たような格好で前を歩いていた野島先輩が私を急かした。
「おい、綾月。急げよ、時間に間に合わなくなるぞ」
「ちょっと待ってください…足元が暗くて進みづらいんです」
先輩はこういう夜道もすっかり慣れているようで、さっきからずっと私の前をどんどん進んでいる。心優しい先輩なら、もう少し後輩のことを考えてくれても…とぶつぶつ文句を言いながらも、私はただ先輩を追いかけるしかなかった。
ここは八王子市にある高尾山のど真ん中。我々が登山路でもないこの場所にいる理由は、たった一つ。今日の「営業対象」がここに現れると、そう情報が入ってきたからだった。そしてこれは私が入社して初めての仕事でもある。
どれだけ歩いたのだろうか。ある木の前で先輩が足を止めた。そしてそのまましゃがみ、私を手で呼ぶ。私も息を殺し、音を立てないよう気をつけて先輩の隣に蹲った。
「データ確認して。ここであってるはず」
先輩の言葉に、私はタブレットを出して今日の「営業対象」の情報を確認した。画面には普通の顔をしている男子高校生の写真と、隣に簡単な情報が載っていた。
「17歳の男子高校生、高岡拓也。とても普通に見られる彼は今日ここで「殺害」される」
<不治の病にかかった人や、年寄とは別に、若くして突然亡くなる人は自分の死をすぐ受け入れられず、問題を起こすことが多いです。そうなる前に我々が早く現場に到着し、彼らに「営業」をするのが大切です>
マニュアルに書かれてあったことをもう一回思い出す。これは私の初めての業務で、新人研修も兼ねて野島先輩が一緒に来てくれた。初業務、きちんとこなさないと…!そしてあのクソな社長になにも文句を言わせないようにする!!こんなことを考え、やる気に溢れる私を見て、野島先輩が聞いた。
「お前、気合入っているな」
「もちろんです。新人はやる気だけが取り柄ですから」
「まあ、そうだな。やる気ある時にがんばっておけよ」
「先輩は、もうやる気ないんですか?飽きちゃったとか?」
「俺?まあ…この仕事はある程度時間が経つと色々経験するようになるからさ。お前もいずれは分かる」
意味深な微笑みだけ残して、野島先輩はそれ以上この話題に触れなかった。私もそのまま黙っていたものの…実は、さっきからずっと気になっていたことがあった。
「野島先輩」
「なんだ?」
「あの、ここに来る前から気になってたんですが…」
先輩はこの山に入る前から、どこか調子が悪そうに見えた。冷や汗をかいて、あちらこちらをキョロキョロ見回して、どうも落ち着きがない。気にしないふりをしようとしたけど、やはりそうはいかなかった。
「調子悪いですか?」
「は?いや、そんなことないよ」
「でも、さっきからずっと汗かいて…どうかしたんですか?」
「え?いや、その…」
私はプルプル震えながら、この場所には全く似合わないスーツの格好でどんどん深い森の奥へ入って行った。そして私と似たような格好で前を歩いていた野島先輩が私を急かした。
「おい、綾月。急げよ、時間に間に合わなくなるぞ」
「ちょっと待ってください…足元が暗くて進みづらいんです」
先輩はこういう夜道もすっかり慣れているようで、さっきからずっと私の前をどんどん進んでいる。心優しい先輩なら、もう少し後輩のことを考えてくれても…とぶつぶつ文句を言いながらも、私はただ先輩を追いかけるしかなかった。
ここは八王子市にある高尾山のど真ん中。我々が登山路でもないこの場所にいる理由は、たった一つ。今日の「営業対象」がここに現れると、そう情報が入ってきたからだった。そしてこれは私が入社して初めての仕事でもある。
どれだけ歩いたのだろうか。ある木の前で先輩が足を止めた。そしてそのまましゃがみ、私を手で呼ぶ。私も息を殺し、音を立てないよう気をつけて先輩の隣に蹲った。
「データ確認して。ここであってるはず」
先輩の言葉に、私はタブレットを出して今日の「営業対象」の情報を確認した。画面には普通の顔をしている男子高校生の写真と、隣に簡単な情報が載っていた。
「17歳の男子高校生、高岡拓也。とても普通に見られる彼は今日ここで「殺害」される」
<不治の病にかかった人や、年寄とは別に、若くして突然亡くなる人は自分の死をすぐ受け入れられず、問題を起こすことが多いです。そうなる前に我々が早く現場に到着し、彼らに「営業」をするのが大切です>
マニュアルに書かれてあったことをもう一回思い出す。これは私の初めての業務で、新人研修も兼ねて野島先輩が一緒に来てくれた。初業務、きちんとこなさないと…!そしてあのクソな社長になにも文句を言わせないようにする!!こんなことを考え、やる気に溢れる私を見て、野島先輩が聞いた。
「お前、気合入っているな」
「もちろんです。新人はやる気だけが取り柄ですから」
「まあ、そうだな。やる気ある時にがんばっておけよ」
「先輩は、もうやる気ないんですか?飽きちゃったとか?」
「俺?まあ…この仕事はある程度時間が経つと色々経験するようになるからさ。お前もいずれは分かる」
意味深な微笑みだけ残して、野島先輩はそれ以上この話題に触れなかった。私もそのまま黙っていたものの…実は、さっきからずっと気になっていたことがあった。
「野島先輩」
「なんだ?」
「あの、ここに来る前から気になってたんですが…」
先輩はこの山に入る前から、どこか調子が悪そうに見えた。冷や汗をかいて、あちらこちらをキョロキョロ見回して、どうも落ち着きがない。気にしないふりをしようとしたけど、やはりそうはいかなかった。
「調子悪いですか?」
「は?いや、そんなことないよ」
「でも、さっきからずっと汗かいて…どうかしたんですか?」
「え?いや、その…」