「私の為に、死んでくれませんか?」 ~君が私にキスしない理由~
静かな山の中に、激しい割れ音が響く。車に乗ろうとした男も、全部見守っていた私も、突然の展開に頭がついていけず、ただ目を丸くしていた。今、何があったの?何が起きたの?やがて、自分の頭から流れる血を認識した男が振り向いた。背の高い男は、粉々になった酒瓶の首を持っていた。
「て、てめぇが悪いんだ…俺を侮辱するんじゃねぇ…」
「き、きさ…ま…よくも…」
「さ、さっさと、カネくれれば良かっただろ。悪いのはてめぇの方だ…殺してやる…殺してやる!!!!」
頭を殴られた男が相手を捕まえようと、手を伸ばす。しかしダメージを受けた頭のせいで、必死に動かす両腕は虚しく空回りをするだけ。もうどこにも届かない。結局男は脚にの力が抜け、そのまま地面に倒れた。それでも相手は怒りを抑えきれず、手の瓶を容赦なく下にある顔めがけて振り下ろした。ガシャン!ガシャン!と響く残酷な音に、あの夜、少年が殺された時の記憶が蘇る。ギュッと目を瞑る私の手を、社長が掴んだ。
「目を逸らすな」
「……!」
「目を逸らすな。ちゃんと見ておけ。『死神』というのは、こういうことを毎日のように見る仕事なのだ。仕事を続けたいなら、それなりの覚悟を見せろ」
社長の言葉に、私は顔を上げた。社長の言うことは正しい。これは、これから私が何回も見て、経験して、慣れなくてはいけない「業務」の一つなのだ。そのためには、又あの夜のように逃げてはいけない。
地面に倒れた男の顔がどんどん形も残らず、血塗れになっていく。それも見守る私は震える全身を必死に抑えた。社長が見守っている、ここで、ここで諦める訳にはいかない…!いつ出たのかも知れない涙を堪え、私は最後までずっと視線を維持した。
やがて、音が止まった。どれだけ激しく叩いたのか、まだ立っている男の手も血塗れになっていた。奴は自分がされたように、下の顔に向かって唾を吐いた。
「はあ、はあ…俺に余計な口を利くからこうなるんだ」
「……」
もう返事は返ってこない。息を切らした奴は、手の瓶を投げ捨て、自分の車の方へフラフラ戻った。このまま死体を置いて逃走しようとするのだろうか。私が嘆息を漏らすと、社長が首を横に振った。
「まだ終ってない」
続けて、車のエンジンをかける音が聞こえた。動き出した車はゆっくり前に進むかと思いきや、突然轟音と共に猛烈なスピードで走り出した。
ーガン!!!
高速道路でもない凸凹した山道で、あれくらい荒い運転で車が無事でいられるわけがない。すぐ車は大きい木にぶつかり、その衝撃で、飛び出た車は見事ひっくり返され、山の奥へ落ちていった。車と木がぶつかる度に広がる大きい音に、私は何度も体をビクビクさせた。それでも、私は黄泉さんに言われたとおり、必死で目を開けたままその場面を全部目にやきつけた。
やがて、何回も繰り返した音が止まった。
まるでその瞬間を待っていたかのように、社長が誰かを呼んだ。
「藤田。そこにいるか?」
「はい」
「うわっ!!」
いつからそこにいたのだろうか。私はいきなり現れた藤田さんを見て思わず声を上げてしまった。そういう私のことは全く気にせず、社長は落ち着いた声で藤田さんへ命令した。
「今すぐ、二人とも連れてこい」
「承知致しました」
藤田さんは何の迷いも無く、車が落ちた方へさっさと向かった。そして又いつからここにいたのか、あっちこっちから現れた黒いスーツの人たちがビシバシと動き出した。しばらくして、彼らに連れ出され、二人の男が大暴れしながらこっちへやってきた。
「離せ!!くっそ、どうなってるんだ!!てめぇら誰だよ!」
「おい、こいつなんで生きてる!!俺が殺したんだぞ!くそ、離せ!!早く!!」
もう魂の状態になった男二人はまだ自分たちが死んでしまったことに気づいていないらしく、死神たちに向かって暴言を何度も吐いたり暴れたりしたが、それは全て無駄な抵抗だった。黄泉さんの前まできた彼らは死神たちに力強く投げられ、そのまま地面の上に転んだ。そしてまたお互い胸ぐらをつかんだ。
「てめー!!俺を裏切ったな!!俺を殺そうとしたな!!」
「お前なんでくたばってねーんだよ!!どうやって生きてる!今度こそ殺してやるぞ!」
暴れる二人を死神たちがなんとか離し、二人はそのまま黄泉さんの前に膝を屈した。ゆっくりと足を運んだ黄泉さんは、自分が持っていたタブレットを出し、そこに載っている内容を読み始めた。
「…大西銀蔵、浅田佐助。お前たちは202X年、3月2日の午後3時16分。同時に死亡した」
突然の死亡宣言に、男たちの顔は唖然となる。そしてすぐ、一人が大声を出した。
「はあ?てめぇ誰だ??俺が死んだ?そんなわけねーだろ!!」
「黙れ。これ以上口出しをしたら今すぐお前の四肢を切ってやる」
「くっ…」
黄泉さんの鋭い目線に圧倒され、男はそれ以上言えず言葉を飲み込んだ。それは隣にいた男も同じだった。自分たちに比べると大していい体格でもない男だが、彼が放つ危険のオーラは息をすることさえ忘れさせてしまうほど強かった。
黄泉さんはゆっくり画面をスクロールし、彼らの人生の履歴を全部声に出した。16歳で初の強盗、引き続き強姦、殺人、暴力…。彼らが犯した罪は数え切れないほど多くて、一回聞くだけでは全部覚えるのは無理なレベルだった。
自分たちが一生でやってきたことをすべて回顧して男たちの顔は、徐々に真っ青になっていった。もう彼らも気づいたのだ。自分たちが死んだのは事実で、もう逃げ場はないということを。
長い朗読は最後に、私も知っている少年の名前を出してから終わった。タブレットをポケットに戻した黄泉さんは、ゆっくり体を曲げ彼らの間に片膝を立て座った。そして男二人の首に腕を回し、ぎゅっと自分の顔へ近づけた。
「運が良かったな。お前たちは今まで罪を何度も犯しながらも、なんの罪悪感も無く、むしろ楽しみながら生きてきた。この世界の不安定なシステムの空きを利用し、いつまでもそうやっていけると思ったのだろう」
「…」
「しかしお前らはもう死んだ。もう逃げ道はない。あの世で、お前らが犯した罪の重さを思う存分味わうといい。そして、もっとも苦しい形でもう一回死を経験しろ」
「ちょ、ちょっと待って。今から俺は、俺はどうなるんだ?」
「お、俺はもう死んだんだろ?だ、だったら死ぬもなにもねーだろ??」
恐怖に怯えた男たちの声が震えた。黄泉さんはふっと嘲笑し、最後の言葉を言った。
「ーそれは、これから我々『死神』たちがじっくり教えてあげるよ。これから」
「た、助けてくれ、お、俺が悪かった…何でもするから…!!何でもするから…!!」
「連れて行け」
その言葉が終わるのと同時に、そこにいた死神全員が彼らを囲む。そして手を合わせ、とても丈夫に見えるチェインを男たちの体に巻く。二人の悲鳴が響く中、皆は素早く彼らを連れ、さっさと姿を消してしまった。
最後に藤田さんが黄泉さんに何かの報告をしたあと、ススキ畑には又私と黄泉さんだけが残った。
あまりにも激しく、そして早く起きてしまった出来事に、私は何を言えばいいのかもうわからなくなってしまった。
ただ風がゆっくりと通る中、その風と一緒の動きで黄泉さんが振り向いた。
改めて見る彼の目は、とても冷たく、それでも…やはり、どこか優しさがあって。私は彼の言葉をじっくり待った。
やがて、彼が私の名前を呼んだ。
「ー綾月利映」
自分の名前がこんなにも意味深に聞こえたことが、今まであっただろうか。私はなにも言わず、ただ彼の目を真っ直ぐ見つめた。もう逃げない、もう何があっても立ち向かう。そう決心した、私の意思表示だった。
「私は心の底から、君がこの仕事を諦めてくれることを祈った。だから私は自分ができることは全てやった。だが…お前には通用しなかったらしい」
「…」
「そんな君が茨の道を選び、死神として生きることを選ぶとしたら…私はここで誓う。これから私は、全身全霊で君をサポートする。君が666人の営業実績を達成し、その願いを叶えるまで」
淡々とした声。しかし中の意思はとても強く、私を真っ直ぐ見つめるその深い瞳には一切の嘘も偽りもない。いや、むしろあまりにも視線が透明すぎて、それを受け取る私の体は戦慄を覚える。
私は深く息を吸い、姿勢を整えた。
そして震える声で、返事した。
「…はい。これからも、宜しくおねがいします。社長」
ーこうして、私の死神としての第一任務は終わった。
しかし、この時期の私はまだ何も分かっていなかった。
どうして黄泉さんは、私に仕事を辞めて欲しかったのか。
どうして私の体を先に求めてきたのか。
全ての真実をしるのは、これから結構先のことだった。
「て、てめぇが悪いんだ…俺を侮辱するんじゃねぇ…」
「き、きさ…ま…よくも…」
「さ、さっさと、カネくれれば良かっただろ。悪いのはてめぇの方だ…殺してやる…殺してやる!!!!」
頭を殴られた男が相手を捕まえようと、手を伸ばす。しかしダメージを受けた頭のせいで、必死に動かす両腕は虚しく空回りをするだけ。もうどこにも届かない。結局男は脚にの力が抜け、そのまま地面に倒れた。それでも相手は怒りを抑えきれず、手の瓶を容赦なく下にある顔めがけて振り下ろした。ガシャン!ガシャン!と響く残酷な音に、あの夜、少年が殺された時の記憶が蘇る。ギュッと目を瞑る私の手を、社長が掴んだ。
「目を逸らすな」
「……!」
「目を逸らすな。ちゃんと見ておけ。『死神』というのは、こういうことを毎日のように見る仕事なのだ。仕事を続けたいなら、それなりの覚悟を見せろ」
社長の言葉に、私は顔を上げた。社長の言うことは正しい。これは、これから私が何回も見て、経験して、慣れなくてはいけない「業務」の一つなのだ。そのためには、又あの夜のように逃げてはいけない。
地面に倒れた男の顔がどんどん形も残らず、血塗れになっていく。それも見守る私は震える全身を必死に抑えた。社長が見守っている、ここで、ここで諦める訳にはいかない…!いつ出たのかも知れない涙を堪え、私は最後までずっと視線を維持した。
やがて、音が止まった。どれだけ激しく叩いたのか、まだ立っている男の手も血塗れになっていた。奴は自分がされたように、下の顔に向かって唾を吐いた。
「はあ、はあ…俺に余計な口を利くからこうなるんだ」
「……」
もう返事は返ってこない。息を切らした奴は、手の瓶を投げ捨て、自分の車の方へフラフラ戻った。このまま死体を置いて逃走しようとするのだろうか。私が嘆息を漏らすと、社長が首を横に振った。
「まだ終ってない」
続けて、車のエンジンをかける音が聞こえた。動き出した車はゆっくり前に進むかと思いきや、突然轟音と共に猛烈なスピードで走り出した。
ーガン!!!
高速道路でもない凸凹した山道で、あれくらい荒い運転で車が無事でいられるわけがない。すぐ車は大きい木にぶつかり、その衝撃で、飛び出た車は見事ひっくり返され、山の奥へ落ちていった。車と木がぶつかる度に広がる大きい音に、私は何度も体をビクビクさせた。それでも、私は黄泉さんに言われたとおり、必死で目を開けたままその場面を全部目にやきつけた。
やがて、何回も繰り返した音が止まった。
まるでその瞬間を待っていたかのように、社長が誰かを呼んだ。
「藤田。そこにいるか?」
「はい」
「うわっ!!」
いつからそこにいたのだろうか。私はいきなり現れた藤田さんを見て思わず声を上げてしまった。そういう私のことは全く気にせず、社長は落ち着いた声で藤田さんへ命令した。
「今すぐ、二人とも連れてこい」
「承知致しました」
藤田さんは何の迷いも無く、車が落ちた方へさっさと向かった。そして又いつからここにいたのか、あっちこっちから現れた黒いスーツの人たちがビシバシと動き出した。しばらくして、彼らに連れ出され、二人の男が大暴れしながらこっちへやってきた。
「離せ!!くっそ、どうなってるんだ!!てめぇら誰だよ!」
「おい、こいつなんで生きてる!!俺が殺したんだぞ!くそ、離せ!!早く!!」
もう魂の状態になった男二人はまだ自分たちが死んでしまったことに気づいていないらしく、死神たちに向かって暴言を何度も吐いたり暴れたりしたが、それは全て無駄な抵抗だった。黄泉さんの前まできた彼らは死神たちに力強く投げられ、そのまま地面の上に転んだ。そしてまたお互い胸ぐらをつかんだ。
「てめー!!俺を裏切ったな!!俺を殺そうとしたな!!」
「お前なんでくたばってねーんだよ!!どうやって生きてる!今度こそ殺してやるぞ!」
暴れる二人を死神たちがなんとか離し、二人はそのまま黄泉さんの前に膝を屈した。ゆっくりと足を運んだ黄泉さんは、自分が持っていたタブレットを出し、そこに載っている内容を読み始めた。
「…大西銀蔵、浅田佐助。お前たちは202X年、3月2日の午後3時16分。同時に死亡した」
突然の死亡宣言に、男たちの顔は唖然となる。そしてすぐ、一人が大声を出した。
「はあ?てめぇ誰だ??俺が死んだ?そんなわけねーだろ!!」
「黙れ。これ以上口出しをしたら今すぐお前の四肢を切ってやる」
「くっ…」
黄泉さんの鋭い目線に圧倒され、男はそれ以上言えず言葉を飲み込んだ。それは隣にいた男も同じだった。自分たちに比べると大していい体格でもない男だが、彼が放つ危険のオーラは息をすることさえ忘れさせてしまうほど強かった。
黄泉さんはゆっくり画面をスクロールし、彼らの人生の履歴を全部声に出した。16歳で初の強盗、引き続き強姦、殺人、暴力…。彼らが犯した罪は数え切れないほど多くて、一回聞くだけでは全部覚えるのは無理なレベルだった。
自分たちが一生でやってきたことをすべて回顧して男たちの顔は、徐々に真っ青になっていった。もう彼らも気づいたのだ。自分たちが死んだのは事実で、もう逃げ場はないということを。
長い朗読は最後に、私も知っている少年の名前を出してから終わった。タブレットをポケットに戻した黄泉さんは、ゆっくり体を曲げ彼らの間に片膝を立て座った。そして男二人の首に腕を回し、ぎゅっと自分の顔へ近づけた。
「運が良かったな。お前たちは今まで罪を何度も犯しながらも、なんの罪悪感も無く、むしろ楽しみながら生きてきた。この世界の不安定なシステムの空きを利用し、いつまでもそうやっていけると思ったのだろう」
「…」
「しかしお前らはもう死んだ。もう逃げ道はない。あの世で、お前らが犯した罪の重さを思う存分味わうといい。そして、もっとも苦しい形でもう一回死を経験しろ」
「ちょ、ちょっと待って。今から俺は、俺はどうなるんだ?」
「お、俺はもう死んだんだろ?だ、だったら死ぬもなにもねーだろ??」
恐怖に怯えた男たちの声が震えた。黄泉さんはふっと嘲笑し、最後の言葉を言った。
「ーそれは、これから我々『死神』たちがじっくり教えてあげるよ。これから」
「た、助けてくれ、お、俺が悪かった…何でもするから…!!何でもするから…!!」
「連れて行け」
その言葉が終わるのと同時に、そこにいた死神全員が彼らを囲む。そして手を合わせ、とても丈夫に見えるチェインを男たちの体に巻く。二人の悲鳴が響く中、皆は素早く彼らを連れ、さっさと姿を消してしまった。
最後に藤田さんが黄泉さんに何かの報告をしたあと、ススキ畑には又私と黄泉さんだけが残った。
あまりにも激しく、そして早く起きてしまった出来事に、私は何を言えばいいのかもうわからなくなってしまった。
ただ風がゆっくりと通る中、その風と一緒の動きで黄泉さんが振り向いた。
改めて見る彼の目は、とても冷たく、それでも…やはり、どこか優しさがあって。私は彼の言葉をじっくり待った。
やがて、彼が私の名前を呼んだ。
「ー綾月利映」
自分の名前がこんなにも意味深に聞こえたことが、今まであっただろうか。私はなにも言わず、ただ彼の目を真っ直ぐ見つめた。もう逃げない、もう何があっても立ち向かう。そう決心した、私の意思表示だった。
「私は心の底から、君がこの仕事を諦めてくれることを祈った。だから私は自分ができることは全てやった。だが…お前には通用しなかったらしい」
「…」
「そんな君が茨の道を選び、死神として生きることを選ぶとしたら…私はここで誓う。これから私は、全身全霊で君をサポートする。君が666人の営業実績を達成し、その願いを叶えるまで」
淡々とした声。しかし中の意思はとても強く、私を真っ直ぐ見つめるその深い瞳には一切の嘘も偽りもない。いや、むしろあまりにも視線が透明すぎて、それを受け取る私の体は戦慄を覚える。
私は深く息を吸い、姿勢を整えた。
そして震える声で、返事した。
「…はい。これからも、宜しくおねがいします。社長」
ーこうして、私の死神としての第一任務は終わった。
しかし、この時期の私はまだ何も分かっていなかった。
どうして黄泉さんは、私に仕事を辞めて欲しかったのか。
どうして私の体を先に求めてきたのか。
全ての真実をしるのは、これから結構先のことだった。