「私の為に、死んでくれませんか?」 ~君が私にキスしない理由~
私が所属している会社、(株)FFAの正式な名前は「株式会社Far Far Away」。

文字通り「とてもとても遠い」会社という意味で、最初名前を聞いたときはぼそっと「センスないわ…」と言ってしまうくらいダサいと思った。

しかしこの会社がどのような業務を行っているかを知った時、その気持ちは少し和らいだ。そう、(株)FFAのメイン業務はつまり、「死者の魂をこの死後の世界まで案内すること」であった。

人間は一旦死亡すると、体からその魂が分離される。死亡時刻はもう既に会社の名簿システムに登録されているため、我々営業マンはそれをタブレットで確認しながら現場で待機。

魂が出た瞬間、連れ出して死後の世界へ連れてくるーこの一連の流れを管理するのが我社で、私はまさしくその「営業担当職」に就いている。人間の世界では我々のことを「死神」と呼んでいるようだが、正直会社の方針で動いているだけであって、「神」という大げさな言葉を使うまででもないと思う。


「ーここに来た死者の魂は、みんな集まって船に乗ってレーテーの川を渡ります。その人が生前どれだけ善行を積んだのかによって、この川を渡る時乗れる船の種類が変わります。最上ランクの豪華クルーズから、ボロボロでちっぽけなゴムボートまで。その船に乗って川を渡ると、人は前世の記憶をすべて失くします。そして川を渡った先で、記憶を失くしたまま新たな生物に生まれ変わります」

「前世で極悪なことだけをしてきた人はなにに乗るのですか?」

「そういう人には船は与えません。そのままレーテーの川に落とします。泳いでも泳いでも向こうに届くことはできず、そのまま川の底へ沈みます。それが彼らに与えられた罰です。魂も『死ぬ』ことはできます。だた、魂が肉体から分離されるのではなく、『消滅』するのが異なる部分です」

これは私がこの会社に入り、初めての新人研修を受けたとき聞いた説明だ。とても美しく、そしてとても神秘的な雰囲気が漂うあの川の名前は「レーテーの川」。

ギリシャ語で「忘却」を意味するその川の存在意義は、人々の前世を綺麗に消すこと。それは同時に、まだこの川を渡ってない魂は、前世の記憶をそのまま持っているとの意味にもなる。そう、野島先輩も、経理部署の佐々木さんも、すべて前世の記憶を持ったまま、この会社に勤めているのだ。

しかし、私にはー


「どうした、難しい顔して」
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