「私の為に、死んでくれませんか?」 ~君が私にキスしない理由~
昔のことを考えていた私の頬に冷たいものがあたる。毎回飽きもせず同じいたずらをするところがまた可愛いって思うのは、やっぱりこの人に惚れているからだろう。

私は黄泉さんが渡したグラスを手に取り、軽くそれを揺らした。からから、と氷がぶつかる音が部屋に響き、私はとても幸せな気分になった。


「黄泉さんが淹れてくれたコーヒー、本当に美味しいです」

「君の家で、君が好きな豆で淹れてるからね」

「淹れる人によって味は変わるものです」


黄泉さんはまたニッコリ笑って、ベッドの上に腰掛けた。あれだけ激しい夜を過ごした後だというのに、ズボン一枚の姿を見るとまた触れたいと思ってしまうのだ。私は慌てて視線をそらしたまま、昔のことを話した。


「…正直、黄泉さんに初めて会ったときはこんな関係になると思わなかったです」

「へえ…第一印象が悪かった、とか?」

「なんというか、こう…すごい堅く見えて」

「今はどう?今でもそう思う?」


黄泉さんが顔を近づけ、答えを急かす。そんな、こんなことをしているのに堅いなんたて思うはずがない。私は視線を戻し、軽く彼の頭を撫でた。柔らかい感触がとても気持ちいい。


「今は…とても可愛いと思うし、もちろん…イケメンだと思います。正直、どうして私を先に口説いたのか、分からないくらい」

「言っただろう?私は君を結構昔から気に入ってたって。初めて会った瞬間から」

「そんなこと言われても…」

「信用ないな。本当に初めて会った瞬間、君に惚れたんだ。だから必ず私のものにしてあげると思った。それだけ」

「でも…黄泉さんだって、私が昔どんな人だったのか、分からないでしょう?」

「またその話か?はあ…何度言ったら分かってくれるのかな。過去は全く関係ない。私には、今目の前にいる君が愛しくてたまらない。…これでは君は満足できないのか?」


黄泉さんがこう言ってくれるのはとても嬉しい。でも、私は晴れない気持ちを隠せないまま、握っていたコーヒーを一口飲んだ。黄泉さんはそんな私の頬を優しく撫でながら言った。


「すべての物事には必ずわけがある。だから君に前世の記憶がないのも、きっとなにかの意味があるんだ。例えば…こうして私に会うため、とかね」


他所の男がこんなことを言ったらただの気持ち悪いやつに過ぎないけど、黄泉さんだから納得してしまう。もしかしたら、私は前世でも顔に弱い女だったかも?私は顔を赤く染めたまま、首を縦に振った。


振り返ること約3年。


私が社長、黄泉さんに初めて出会ったのは、今の会社の新入社員歓迎会の席だった。


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