死神は死にたがり少女に恋をする
 星が点々と見え始め、月が本領発揮と言わんばかりに輝きだした頃。俺は帰路につく彼女についていき、金木犀の香りがする道を再び歩いていた。

「そういえば、人間の姿になってくれたんだね!」

「すげぇ今更だな」

「そっちが驚かしてくるから……!! それどころじゃなかったのっ」

 そう言った彼女は、俺をまじまじと見てくる。どうしたのか尋ねると、さっき見れなかった分、今よく見ておこうと考えたと言う。

「うん、やっぱかっこいい。芸能人みたい。そりゃ周りの人もチラチラ見て噂するわけだ」

 「イケメンと知り合いなんて、わたしすごい」と言っておどけながら笑う彼女。
 先程までの弱々しさが嘘のようだった。
 しかし細めた目は赤みを帯びて僅かに腫れている。笑顔のあとの吐息は疲れを滲ませており、今の彼女は何かを誤魔化そうとしているように感じた。発した言葉とは裏腹に、いささか居心地悪そうにも見える。

 俺自身が気づかない周りの視線と言葉を拾っている辺り、人の目を気にする性格なのだろうか。

 俺は、人間に見られても違和感が生じないようポケットに手を突っ込み、さもポケットから出したかのようにキャップ型の帽子を手にし、それを彼女に被らせた。
 驚きの声をあげたかと思えば、今度は戸惑いのそれに変わる。

「これどこから出したの?! さっきまで持ってなかったじゃん、え、……魔法?!」

「そんなとこだ」

 魔法なのかという問いに肯定を返すと、今度はまるで子どものように輝いた目を俺に向け、「すごい……」と感動の声を零す。
 思いの外、“素の彼女”は表情豊からしい。ころころと変わる声色も面白い。

「それでも被っとけ。多少はマシになるだろ」

 そう言うと、少しの間の後、彼女はか細い声で「ありがとう」と言って俯いた。帽子のつばを掴み、表情を隠すようにさらに目深に被る。

 そうされて初めて、俺自身もまた彼女の表情が見れないことに気づく。俺よりも彼女の身長は20センチほど低い。真横に立っているのも相まって、彼女の表情は全くと言っていいほど見えなかった。

 それをどこか残念に思った、ということに、俺は自身の変化を感じた。

 彼女の表情が見えるか見えないかなど、俺自身には何ら関係ない。
 どんな表情をしているかわからなくとも、“帰路につく彼女についていく”という俺の行動が変わることもなければ、その行動をする上での問題になるはずもない。

 ましてや、俺自身が行なった言動を自ら否定するような考えが出てくるなど、今まででは有り得ないことだった。


 それが彼女からもらった“自己嫌悪”の感情に影響しているのだろうということは容易に予想がついたが、なぜそう思ったのかはこの時の俺にはよくわからなかった――。

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