まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
「だから私ね」
花田さんがブローチから視線を上げる。
「子どもにこのブローチを拾わせていたのだけれど、どうにもブローチ自体の波長が子どもと合いにくいみたいで……」
(そりゃそうでしょうね。あんなピンクな夢を幼子が見て堪るもんですか)
盛大に心の中で突っ込みを入れる。
そうとは知らず、彼女は続けた。
「もう美味しいおやつにはありつけないのかと諦めかけていた頃、暇つぶしに入学した高校であなたたちに出会ったのよ!」
よく見ると虹彩の縁がブローチによく似た紫色の、薄茶の瞳を輝かせて、
「一緒にいるあなたたちを一目見た瞬間、美味しそうな夢の気配がしたの!」
「「こっわ」」
気づかない間に変質者じみた目を向けられていたことにぞっとする。
腕をさすっていれば、何故かまどかが何か言いたげな含みのある瞳をこちらにまで向けていた。……そう、まるで、同族を見るかのような。へんなの。
「最初は近衛君狙いだったのよ?男の子だし、優しいし、イケメンだし。あわよくば彼氏にしちゃおっかな~って」
「…………たま、どうどう」
暴れ犬を手なずける訓練士のように、まどかが私の頭をぽふぽふと撫でる。がるるる。
その様子をきょとんと見ている花田さんは、とぼけているのか、鈍いのか。
「でも、しらたまちゃんのことを観察してたら、なんだか同族の匂いがしてね。興味本位でブローチを目の前に落としてみたら、これが大当たり!」
手を組んで頬に当てた彼女は、無邪気にはしゃいだ。
「異人の夢なんて、覗いたのも食べたのも初めてだけど、最高だったわ!舌触りは滑らかなのに、とっても濃厚で」
うっとりと思い出すように、一句一句噛み締めながら、花田さんは言う。
「甘くて、幸せで、温かくて…」
無意識にか、その瞳が妖しい紫色に変化する。
「でもどこか、切ないの。まさに私好みの味だったわ」
「…………まどか、どうどう」
腰を浮かしかけたまどかの頭を、今度は私がポンポンと撫でる。
大丈夫。彼女が話しているのは、ただの通り過ぎた記憶の味。
私はもう、過去だけを見るのはやめたのだから。過去を糧に、失うためではなく得るために、生きるのだ。
射殺す様な怖い眼で花田さんを見るまどかの手を、そっと握る。
「……たま」
「私は大丈夫。ほんとよ」
心配そうにこちらを見る彼を安心させるため、私はにっこりと微笑んだ。
嘘ではない。本当に平気だ。隣にあなたがいるのだから。例え記憶がなくたって、まどかはまどかだ。