まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~



(昔と好みが変わっていないとすると、動物か何かだと思うのだけれど)


昔から、まどかは犬や猫、鳥などが好きだった。そして彼自身も、同じように彼らに好かれる。


急に居なくなったと思って探したら、家の裏でオオカミの群れと戯れていた時には、叫び声を上げて失神した。

だって、襲われているようにしか見えなかったんだもん。

人間の男一人を、8匹ぐらいのオオカミが取り囲んで噛み噛みしてるんだよ?

捕食現場にしか見えないでしょうが。


『し、心配をかけてすみません。…一匹かと思ったら、仲間もいたみたいで』


倒れた私を助け起こし、半泣きで謝ってきた彼に怪我がないか慌てて探すと、くすぐったそうな顔で呑気に言われた。


『大丈夫です。甘噛みですから』

『そうじゃないでしょうが!ばかぁぁぁっ!!』


私の怒声を浴びて驚いた表情をしたものの、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべていたのを、私は忘れていない。


『そんなに僕の事を心配してくれる人は、この世で珠緒さんだけです』


ポカポカと胸元を叩く私の額に口づけを落としながら、彼は幸せそうに微笑んでいた。


(あれは多分、反省してなかった)


昔を思い出して胸が切なく軋むのと同時に、すん、と目を据わらせた私。


一本道を走り続けて行くと、やがて分かれ道に差し掛かった。

一つはそのまま大通りへと直進する道。そして、もう一つは極端に狭くなった暗い裏通り。


(話から察するに、【ブチャ】は、犬か猫だと考えるのが妥当よね)


彼女たちの会話を思い出しながら、推理する。


(このあたりでは有名と言っていた。……一般的に、犬が普段から人目も憚らず闊歩しているとは考えづらい。……恐らく、猫。…そして)


もう一度、私は大通りへの道を見やる。


帰宅する高校生。買い物帰りの主婦。会社員。

夕方と言っても、人通りは決して少なくない。


(このあたりを知り尽くしている猫なら、わざわざ人通りが多い方向へは向かわず、裏路地を使って迂回したりするものなんじゃないかしら)


裏道の片隅を住処にしていることも考えられる。


私はしばらく悩んだのち、暗い方の道へ足を進めた。



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