まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
思い出、こいと願わくば
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真新しい制服に袖を通し、姿見の前に立つ。
「よし。なかなかいい感じ」
くるりと一周して、おかしなところがないか確かめ終わると、肩にかかった長い髪を後ろへ払った。
私の髪は元から色素がとんでもなく薄く、しかも所々真っ白な髪が房となって混ざっている。
「天使」やら、「若白髪」やら、色々なことを言われてきた。
そんな私も、今日から高校一年生。
「いってきます」
そう言って、私は足元のカバンを掴んで肩にかけると、誰もいないその部屋を後にした。
私には父も母もいない。
多分、もう亡くなっている。
「多分」なんて、他人行儀になってしまうのは、私自身にはっきりとした記憶がないから。
明確な記憶があるのは3、4年前からで、それ以前の私の記憶はほとんど抜け落ちていて、気がついたら一人だった。
幼い頃のことで、かろうじて覚えていることといえば、どこだか分からない野山を走っていたこと。
優しいおばちゃんに飴をもらったことなどばかりで、肝心の記憶は何もない。
一つわかるのは、昔から私はボッチ体質だったということくらいだ。
母方だか、父方だかは分からないが、一応親戚はいるらしく、今一人で暮らしている部屋も、その親戚が借りてくれているもの。
未成年なのだから一緒に暮らすべきでは、という考えもあるかもしれないけれど、私にはそれも難しい。
なにせ、私は、普通の人とは少し違うから。
(それに…)
私には昔の記憶がある。
……今の私、白峰 珠緒のものではない。
もっと昔の。
前の人生での記憶。
(まどか……)
物心ついた頃から大切にし続けてきた名前を、心の中で呟く。
そうすると、きまって私の胸はぽかぽかと暖かく、けれど苦しく締め付けられる。
今の世から数えてみたら、500年以上も前の話。
でもしっかりと、記憶に焼き付いている。
それこそ、今世での記憶よりも鮮明に。
(逢いたい、一瞬だけでも)
同じ時代、同じ国、同じ場所に生まれ変わっているかもわからないその人の姿を、私はずっと探し続けていた。