まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
廃棄された冷蔵庫の上、私から距離を取るように後ずさっていくまどか。
ブチャはその腕にまるで人形のように抱きしめられ、不服そうに呻いていた。
「あの、そんなに強く抱いたら、その子、苦しいと……」
ブチャに向かって手を伸ばし、私の指の先がそのふさふさの手に触れた瞬間。
「ニギャッ!?」
怯えたように全身の毛を逆立たせたブチャが、私の手を引っ掻いた。
「っ」
「おいっ!?」
彼が腕を緩めた途端、ブチャは体格に見合わないほど綺麗に地面に降り立って、そのまま空き地から走り去っていく。
「あっ…、ブチャが…」
「馬鹿か!」
ブチャを追いかけようとした私の腕を捕まえ、彼が怒鳴った。
「手はっ…」
顔を青くした彼が、数本の赤い線が刻まれた私の手の甲を検める。
傷はそれほど深くないが、その内の何本かからは血が滲んでいた。
まどかは、まるで自分が怪我をしたかのように顔を歪ませると、傍らに置いていたカバンの中から未開封と思しき水のペットボトルを取り出した。
「!」
彼が蓋を開けるのを見た私の胸が、早鐘を打つ。
「少し沁みるぞ」
彼の次の行動を察して、焦ってペットボトルを持つ手を止めた。
「ま、待って!大丈夫!大丈夫だから」
「何言ってんだ。あいつ、毛並みは綺麗だったけど、首輪も何もなかった。野良猫だ。傷口が化膿でもしたら…」
訝しげに言って、私の手を振り払おうとする彼に、なおも反駁する。
「やめて。いいの。私、昔から体は強い方なの。血なんて、拭けば大丈夫」
「は?使ってない水があるんだから、拭くよりも…」
「いいって言ってるでしょ!?」
「っ」
我を忘れて叫んだ瞬間、彼の顔に苦悶の色が広がった。
「あ………」
咄嗟に彼に掴まれた腕を振りほどく。
(私、今…)
ふと見えた彼の手は、しもやけたように真っ赤に染まっていた。
その肌は、氷の如く冷え切ってしまっているに違いない。
「ごめ、……なさ……」
カタカタと一人でに震える血まみれの手を、もう片方の手で押さえる。
傷から溢れる血が地面へと落ち、パキパキと、その場に聞こえるはずのない音を響かせた。
でも、彼は一度も視線を逸らすことなく、じっと私の方だけを見つめる。
その真っ直ぐな目から逃げるように、私は俯きながら呟いた。
「……お願いだから、私に、………触らないで」
懇願と共に目をきつく閉じる。と。
「いやだ」
「……………え」