まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
強く、けれど静かな否定の声が聞こえたと思ったら、傷のある方の手に触れる熱があった。
壊れ物を扱うように添えられた手。
そして。
「いっ…」
「我慢しろ」
トポトポと、水がペットボトルから零れ落ちる音がして。
澄んだ水が赤く染まった傷口を洗い流していた。
(だめ…)
私の血を含んだ水が、二人の足元へと落ちていく。
(そんなことしたら…)
落ちる雫を、慄きながら目で追う。
それが地に着くその時までが、永遠のようにも感じ、ついに地面に到達した、…刹那。
バキバキと、醜い音を立てて、草たちが凍りついた。
「っ」
辺りに氷の破片が青々と舞い散る中、自分自身も蒼白になって彼を見上げた。
どんな畏怖も、どんな雑言も、どんな拒絶だって受ける。
けれど。
『化け物!あんたなんてこの世界に必要ない!!』
――私を否定しないで。あなただけは。
彼の反応に怯えながら視線を上げた私は、しかし、
「沁みる?」
そんな優しい声を耳にした。
「…………え?」
「だから、沁みるかって訊いてんだよ」
傷口に向けられていた目が、私を見る。
黄昏色に染まった彼の瞳に映る私は、ひどく情けない顔でこちらを見ていた。
(なんで、……何も言わないの)
足元には、凍てついた草で作られた氷の華が咲いている。
周囲には、夕陽を反射させる氷の粒が舞っているのに。
『沁みるか』なんかより、訊くべきことが彼にはあるはずだ。
「…………っ」
「え、ななな、泣くほど沁みる?」
私の反応の方に動揺する彼の優しさが、苦しくて、愛しくて。
痛い。痛かった。
痛すぎた。
「……ひっ…うぅ」
「な…泣くなよ」
私が空いた片手で涙を乱暴に拭っている間に、彼はペットボトルの蓋を閉めてカバンにしまう。
代わりに中からハンカチを取り出し、手際よく水をふき取ってそのまま傷口を覆うように縛った。
足元の氷が解けるまで、彼は一度も視線を下には落とさなかった。