まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
「ん。これで少しはましだろ」
「…………ごめんなさい」
彼が処置の確認をして頷いたのと一緒に、私は小さく謝罪を口にする。
すると、彼は不思議そうに首を横に倒した。
「なんの謝罪だよ」
「……………」
今さら彼の手を傷つけてしまったことを蒸し返すのも気が引けて、しばらく考えてから口を開いた。
「猫、私のせいで逃げちゃった…」
「そんなことか」
呆れたように肩を竦めると、彼は再び、倒れた冷蔵庫の上に腰を下ろした。
「別に気にする必要ない。もともと、猫は気まぐれだって言うしな」
「…………」
ブチャが逃げたのは十中八九、私のせいだ。
けれど、真実を口にするのも憚られて、私は曖昧に頷いた。
その様子を見て、彼は気が抜けたように小さく笑った。
「特にたまなんて、よくここに居座ってるから。会おうと思えばいつでも会える」
「………………たま?」
明らかに何かの名前であろう単語が聞こえ、私は無意識のうちに復唱していた。
途端、
「あ……」
彼の白い頬が、真っ赤に染まった。
(もしかして…)
「ブチャの名前?」
先ほどブチャの名前を聞いて、あれだけ取り乱していた彼が、適当な名前をつけたとは思えない。
そして、その名前は『たま』だった。
一般的によく知られる、猫の名前の一つだが。
……それだけで、こうも赤面するだろうか。
(……まさか)