まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
「あの」
「だまれ!ちがう!あんたは関係ない!!」
「まだ何も言ってないです」
「!」
彼の取り乱し様に、さすがの私でもうっすらと察する。
もしかしなくとも、『たま』の由来は。
彼がこの空き地で猫と、一人と一匹で過ごしている姿を想像する。
ここに足を踏み入れた時に聞こえてきた柔らかい声で、その名前を呼んでいたとするのなら。
「ふふ」
思わず笑みがこぼれた。
(だって、その呼び方は…)
「何笑ってんだよ」
「別に」
ふざけてそっぽを向くと、彼は顔を顰めてから、考え事をするように視線を泳がせた。
やがて。
「たま……はブチャって名前があったんだろ。なら、俺がつけた名前はもう用済みだ」
「え?なぜ?ブチャも多分、近所の子たちが勝手につけているあだ名のようなものなのだから、たまだって…」
「うるさい」
びっと目の前に突き出された人差し指。
ぽかんと彼を見れば、未だに紅潮した顔で、まどかは言った。
「今日から、『たま』はあんただ。性悪女」
はっと息を呑む。
彼はこちらの出方を窺うように、上目遣いで私を見た。
『たま』
その呼び名は、昔の彼が時折使っていたもの。
今とは違い丁寧な口調だった彼も、ふざけている時や気が緩んでいる時、時々そうやって私を呼んだ。
(あぁ、なんて、懐かしいの)
「……いいわ」
また、目から涙が溢れてくる。
それを見た彼はぎょっとして、慌てて立ち上がった。
「あんた、涙腺脆すぎるんじゃないか?なんで泣くんだよ」
あたふたとしている彼がおかしくて、みっともない泣き笑いになってしまう。
彼は逡巡しながらも、私の目元に手を伸ばした。
温かい指先が、涙まで冷たい私の頬を拭っていく。
「初対面で嫌いだとか、視界に入ってくるなとか散々失礼なこと言っておいて、自分から声をかけてくるし、関わってくるし。…勝手すぎないか?」
「………そうかも」
眉を寄せながらも、彼の顔がどこか安心したように小さく綻んだのを見て。
(傷つけてばかりでごめんね、まどか…)
私はまた一つ、冷たい涙をこぼした。