まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
「あ…あぁ」
傘を手放し、その場に頭を抱える。
何の変哲もない、雨の日の道端。
それが血まみれに見えた。
真っ赤。
真っ白な肌の上に、毒々しいほどに鮮やかな赤が咲いて。
その血は、私の。……そして。
「………まどか」
乾いた唇から、どうしようもなく震えた声が漏れた。
雨に打たれ、体が冷えていくのも厭わず、幻視が止むのを待つ。
すると、
「………たま?」
ふいに身体を打つ雨が消え、顔に影が差した。
ゆっくりと手を外して視線を上げれば、そこにいたのは、命より大事な人。
「………」
「具合悪い?」
辺りに人の影はないものの、通行の妨げになりそうだった私の傘を急いで拾うと、そのまま心配そうに屈みこみ、こちらへ自身の傘を傾けて顔を覗き込んできた彼。
色白だけれど、一目で血が通っていると分かる頬。
唇も血色の良い桃色。
「………」
返事も忘れ、ただ夢見心地で彼の顔へと手を伸ばす。
彼は微かに体を強張らせたけれど、やがて私の手を受け入れるようにゆっくりと目を閉じた。
震える指先が、そっと。彼の肌に触れた。
――温かい。
「…………まどか?」
「……ん」
長いまつ毛を無防備に伏せ、安心しきったまま彼は短く返した。
嗚咽を噛み殺しながら、私はもう一度その人を呼ぶ。
「まどか」
「うん」
瞼が開き、澄んだ瞳がこちらを見つめた。
それだけで胸がいっぱいになって、衝動のままに、私は彼の首の後ろに腕を回した。
「まどか。……まどか」
「ここにいるって」
壊れたように名前を呼び続けるしかない私に、彼が呆れ混じりに笑ったのを感じる。
彼の傘を持っていない方の手が背中に添えられ、ポンポンとあやす様なリズムを刻んでいた。