まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~



逃げた視線を追うように、隣を見る。と、


「……あれ?女の子は……」

「女の子?…あぁ、さっき、そこの通りで別れた」


怪訝な表情をしてから、彼は忘れていたと言わんばかりに答えた。


「あれ、同じクラスの副委員長。…俺、学級委員長になったからさ」


至極面倒、と顔に張り付けられているのを見て、思わず笑みを零す。


「人望が厚いって、大変ね」

「……俺、そんなにできた人間じゃないんだけどな」

(知ってる)


もともとあなたは、何もかもを抱え込んで、それを隠す人だから。

危なっかしくて目が離せない。


「………ん」


ふいに、彼が目線を遠くへやった。

そして、小さく呟く。


「ブチャだ」

「え?」


一緒になって、彼の見ている方を振り向くと。


ブチャが大きな体で、大儀そうに道路を渡ろうとしているところだった。

雨が顔に吹き付けるのをうっとうしそうにしながら、ゆっくりと歩いている。

しかし。


「…おい、待て」

「っ」


ブチャの向こう側から、大きなトラックがかなりのスピードで走ってきていた。

運悪く雨脚も強まってきて視界が悪いことに加え、今、トラックの先の信号は青々と光っていた。


「ブチャ!!」


まどかが目の前から走り出した。

トラックが迫るブチャ目指して。


「待って!まどかっ!!」


服の裾を掴む。


その一歩手前で、手からすり抜けた。


「まどか!!」


彼は目の前の猫しか見ていない。

その小さな命を守ろうと、わき目もふらず駆けている。

必死な彼の耳には、私の声が届かなかったようだった。


ブチャの体に手を伸ばす彼。


そのすぐ横に、猛スピードのトラック。


運転手が絶望の表情で前を見据えている。


全てがスローモーションに見えた。



「まどかあぁぁぁぁああぁぁ!!!」



私の悲鳴が、暗い雲に覆われた空にこだました。


トラックのブレーキ音が辺りに響き渡った。



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