まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
「……っ」
その日は朝から雨が降っていた。強い雨。
地面や道路には、大きな水たまりが沢山できていた。
だから、私は。
「たま…?」
小さく聞こえた呟きに、垂れていた頭をゆっくりと持ち上げる。
片方の視界が、赤く染まっていた。
試しに触れてみたら、ドロリと粘着質な赤い液体が手についた。
多分、殺しきれなかった衝撃で頭を打ったのだろう。
足元に蹲っているまどかの腕の中にはブチャがいて、毛を逆立たせて私とトラックを見ていた。
見たところ無事みたいだから、一安心。
きっと、驚いたのだ。
だって、今の私、どう見たって人じゃない。
普通の人は髪が急に真っ白になったりしないし。
目だって金色にならないし。
何より。
翳していた手の先、分厚い氷の壁がビシビシと音を立てて崩れていく。
壁の向こうには、急停車した氷漬けのトラックがいた。フロントガラスから見える車内で、運転手は気を失っている。
若干止めきれなかった分は、文字通り、私が体当たりして止めたわけで。
氷の壁ごと少し押された私の両足は地面で擦れて、靴も脱げて血まみれだ。
でも。
「……まどか、……けが、ない……?」
「っ」
バキンッと、大きな音を響かせて、巨大な氷の壁が粉々に砕け散った。
そのまま鏡の破片のように、キラキラ辺りに散って雨に溶けていく。
パシャパシャと水たまりに還る氷たちを、静かに目で追いながら、私は彼を見た。
どうやら無傷のようで、私も体を張った甲斐があったというものだ。
目を見開いたまま固まっていたまどかが、ブチャを腕から降ろす。